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2009年11月29日日曜日

1年半の感想

皆様のご支援とご協力のお陰さまで、
1年半の在外研究にて、多くのことを得ることができました。
さっとですが、少しまとめました。

≪得られたこと≫

■ 人脈が増えた
・日本ではあまり出会うことがない日本人人脈
 (国内他大学の、他分野の研究者やお医者さん)
・日本ではあまり出会うことがない外国人人脈
 (米国はもちろんのこと、欧州、南米、アフリカ)

■ 研究の幅が広がった  
・世界各地を研究対象とした、多様な学問分野の講演会が
 連日開催されており、短時間で効率的に
 多くのことを学べた(気がする)。
・経済系(マクロ、ミクロ、環境経済)の講義を受講できた
 (まだ身についていないが…)
・自分のお世話になった教授の研究領域はとても広く、そのお陰で、自分の知見が広くなった(気候変動、環境経済、中東の水問題、大気汚染、、こちらも未だあまり身についていないが…)

■ 積極性を学んだ
・教える側も、学ぶ側も、積極的に質問することで、お互いが成長できる良い環境を作ることができる。
・立場や年齢、これまでの業績などにとらわれず、自分が挑戦したいことには積極的にトライする。
・くだらない質問などない。分からないことは遠慮せずに質問する。

■ 大学の仕組みを学んだ
・全く異なる大学運営、経営理念。学生サービスを重んじ、学内にはたくさんの楽しい教育・研究支援イベントを用意している(去年の経済危機以降、質・量ともに規模が小さくなったが…)
・どこの大学でも、たとえ教授でも、第一線の大学教員であり続けるには、当然だが絶え間ぬ多大な努力が必要

■ 体力の重要性を再認識
・僕がお世話になった教授(Peter)は、65歳まで週3日、大学プールで泳いでいた。71歳の昨年も、スキーや乗馬を楽しんでいた。72歳の今でも、定期的にテニスをする。そして今年5月、約24時間かけてボストンからラオス・ヴィエンチャンまで飛んでいき、僕と一緒にラオス南部のジャングル地帯でのハードなフィールド調査をこなし、約30時間かけて、ラオス・パクセからボストンまで帰り、翌日すぐに大学にて通常の講義をこなしていた。
・自分が感じる限り、多くの大学教員・研究者・学生が、日本人以上に体力の維持管理を大事にしている気がする。これがハーバード大の高い生産性の根幹を成しているのでは?

■ 年齢は関係ない
・ボストンおよびハーバード大のあるケンブリッジは、米国の中でも若者が多い街であるが(大学の数がとても多い!)、同時に、とてもアクティブな60~80代のご年輩の方々も、大学や街の至るところで活躍している。皆さんとてもお元気で、頭も切れる。感覚もとても若く、最新の科学事情にも精通し、積極的に新しいことに挑戦している人も多い。
 もちろん、日本にも元気なご年輩は沢山いるが、若い感覚で、いろいろなことに挑戦しているような方に会う機会は少ない。ボストンにてそのような方々にお会いする中で、年齢という枠にとらわれる必要がないことを再認識できた。「もう歳だし、、、」って、年齢を言い訳にしない。



≪十分に得られなかったこと≫
■ 英語
・思ってた以上に伸びなかった(苦笑)。ただ、これから自分の英語の、何をどう補強・修正していくべきかが分かったので、これから3~5年かけて自分の英語力を付けていきたい。

■ 研究成果
・自分の中で新しい分野の研究に挑戦したこともあるが、結局、1本しか論文を書けなかった。しかも2回立て続けにリジェクト…。しかし、自分の分野での一番大きな雑誌に初めて投稿することができたし(あっさりリジェクトですが)、今まで自分がトライしたこともなかった新しい研究手法を学ぶなど、今後、幅広く研究を行うための基盤強化につながった。とりあえず、ハーバードの学内研究的研究資金を獲得できたりしたので、それなりの成果があったと言える。

■ 現地の時間を楽しむこと
・ほとんど、キャンパスと自宅との往復に終始してしまった。もちろん、それなりには遊びに出かけたけど、もっとボストンや近郊の街々を楽しむべきだった(ボストン美術館にすら行かなかった…)。
・自分の時間管理術が十分ではなく、無駄が多く、効率的に過ごせなかった日々もあった。自分のオフィスがあったハーバードの研究棟では、基本的に、平日の17時以降、そして土日は終始閑散としている。しかし、自分は平日も夜遅くまで研究室に居残り、土日も頻繁に出勤していた。米国にいながら、日本的(?)ライフスタイルを突き通したことは大きな過ちであったが、一方で、英語での研究や講義の用意という語学的なハンデ(自分の能力不足)を補うためには、仕方がなかったとも言える。もっと、時間管理能力および仕事処理能力を高めらえるよう、より一層の努力に励んでいかなければ(こんなこと言っていると一生、仕事の呪縛から逃れられない気もする…)。


これから当分は、東京・目黒区駒場および渋谷区表参道にて、
研究活動を続けていきます。
今後とも、ご支援、ご協力を頂けますよう、
どうぞよろしくお願いいたします。

無事、在外研究を終え、帰国しました。

とは言っても、つい最近、帰国したわけではなく、
実は夏に東京へ戻ってきました。
お陰さまで、無事に1年半のハーバード大学での
在外研究を終えました。

5か月以上も、本ブログを更新しなかったのは、
恥ずかしながら、単に自分の怠惰のせいです。
数人の方から、「ブログ更新していないけど、大丈夫?」などの
連絡をいただきました。ご心配をおかけして、申し訳ないです。
僕はすこぶる元気です。

ブログの一記事を書く程度、ほんの数十分でできる筈ですが、
気持ちに余裕がなく、恥ずかしながらついつい先延ばしになりました。。。

あぁ…。

2009年4月5日日曜日

社交会入門!?

週末、友人が所属する大学ジャズバンドの演奏会に参加した。
「Spring Swing & Dance Night Concert」と題されたこの会は、
生バンドの演奏の中、皆で夜中までSwingを踊るためのイベントである。

会場は、Dudley Houseという大学内の学生寮。
寮とは言っても、大きなダイニングホールなどがあり、
日本の学生寮とは大分雰囲気が違う。

まあ、そうは言っても、大学内での開催だし、何も考えず気楽に、
普段通りのカジュアルな格好をしていった。

ところが、、、、

会場には、ドレスアップした男性・女性が溢れていた!
普段は思いっきりラフな格好をしている学生も、
男はスーツやタキシードをまとい(蝶ネクタイもいた)、
女性は大人びた(!?)ドレスを着ている。

もちろん、自分みたいにカジュアルな参加者もいたけど、
全体の6割、7割はドレスアップしていたのではないか?


そして、いざダンスタイムが始まったら、
これまた、Swing、その他もろもろをカッコ良く踊る輩が
ゴロゴロ溢れていた。
しかも、夜が更けるにふれ、ダンスフロアが込み合っていく。
中には、「セミ・プロですか?」と聞きたくなるほど、
華麗に踊るカップル(含む、男同志)が沢山いた。

会場はまさに、
アメリカ青春映画の一幕を垣間見る様であった。


もちろん、一部ではあろうが、大学生のころから
こんな世界に慣れ親しむ米国(ハーバード?)学生には、
社交性の面で敵うわけはない。


まあ、そうはいっても、自分は思いっきりカジュアルな格好で、
みんなにまみれて、ハチャメチャSwingを踊ってきた。
カッコ良くダンスを決めるのは、まだまだまだだが、
とても楽しい時間を過ごせて、いい経験になった。


米国で、ダンスパーティに参加する際は、
ドレスアップしていきましょう!



ワルツとタンゴが得意な自分の教授(英国出身)は、
↓を3~4回見たとのこと。

2009年2月11日水曜日

失敗の原因

自分は、プレゼンテーションやスピーチで、
たまに(頻繁に?)大失敗をする。

昔は、確実に“練習不足”が原因だったが、
最近は以前にも増して、
事前に練習をするようになった(=大人になりました)。

それでも、とんでもない失敗をすることもある。
薄ら薄らと原因は分かっていたが、
今日、その理由を確信した。


自分は、短時間で要点を整理して喋ることが苦手なので、発表時間が、5分、10分と短い場合は、
完全な原稿を用意して、暗記する。

従って、基本的には、事前練習が十分であれば、
本番も上手くいく。


しかし、プレゼンの前や最中に、
“予期せぬ何か”が発生すると頭が真っ白になり、
一気に記憶していた原稿が吹っ飛んでしまう。


今までの経験では、
 ・プレゼン開始直前のPCトラブル
 ・プレゼン最中に、電話がかかってくる
など、自分の注意不足によって引き起こされた
アクシデントが原因となることが多かった


最近、毎週水曜日の夜は、ハーバード大のトーストマスターズ(スピーチ・クラブ)に参加している。

今日は、Humorist(ユーモリスト)を担当した。
ユーモリストは、ミーティングの冒頭で、
アメリカン・ジョークを軽くかまし、
参加者を笑わせることで、会場の雰囲気を和らげる、
という重要な役割である。

1月に初挑戦した時は、結構うけたので、
調子に乗って、本日、2度目に挑戦した。
(というか、参加者は皆、ポジティブかつ優しいので、
 何をやっても、笑ってくれる)


今回は、1分弱のジョークだったので、
原稿を暗記して、丹念に練習し、
本番に臨んだ。

前半30秒は練習通り、話を運ぶことができた、
その後、オチに向かう後半30秒に差し掛かったところで、
なぜか、遅れてやってきたメンバーが、
ドアを開けて教室に入ってくる姿に、一瞬、気を取られてしまった。
そしてその瞬間、いつもの通り、頭が真っ白になった。


最終的には、その後の大切な一文を言い忘れるとともに、最も大切なオチの単語youを、meと言い間違えてしまった…。
(youとmeで、全く意味が異なってしまう
 =オチでも、何でもなくなってしまう)


こんな些細なことで動揺するのも情けないが、
逆に、今回の経験を通して、
ちょっとした事象に対してでも、敏感に反応する自分の心理を
認識することができてよかった。


これからは、様々な本番の状況をシミュレートしながら、
練習を重ねることで、
想定外の事象にも対応できる柔軟性、および、
それに動じない図太さを身に付けることが課題である。


それにしても、今日のジョークの、オチの直後の会場の静けさは、凍りついたチャールズ・リバーの畔のようだった(写真)。

そして、白人、黒人、アジア人、ラテン系、中東系など
総勢30人の参加者が眉間にしわを寄せ、
「What?」と言わんばかりの顔で、自分を見つめる様子も、
なかなか滑稽であった。
(しかも何故か、今日のミーティングはビデオ撮影されていた。ひゃーー!)


これも貴重な体験であるが、
できれば、もうこれっきりにしたい(笑)。



<写真: 大学のすぐ側のチャールズ・リバー。
凍った川面に雪が積もっており、とてもきれい。
この日は、昼でも-10℃近くであったが、カモは楽しそうだった(?)>



↓ これ、使えます! ただ、下ネタも多いので、
公的な場所ではセレクションが大事です(笑)。

2009年1月24日土曜日

映画 『スラムドッグ$ミリオネア』

2004年、インドのデリー(首都)とアーグラー(タージマハール)を数日間、旅行する機会があった。
今まで自分が訪問した国や街の中では、インドが断トツ、エネルギッシュだ。

街中を歩いていると、
オート・リクシャー(三輪タクシー)や自転車タクシーの勧誘から、色々な企みを持った(!?)大人から子供まで、ワンサカ人が寄ってくる。東南アジアでこれらの人に寄ってこられるのとは、量と質で大きく異なる。

会う人会う人、みんな嘘つきだし(?)、
数百メートル先へ行くのに、もの凄い時間がかかることもあった。
当然ながら、最初に交渉した値段どおりで、
コトが済まないことも多く、イチイチ面倒くさい。

無理やり連れて行かれたカーペット屋に入った瞬間、
玄関の鍵がかかりカーテンを閉められ、数人に囲まれた中、
怪しい飲み物が運ばれてきたり(もちろん、飲まずに逃げた)、
宿泊先のホテルでは、夜中3時に、部屋の鍵が突然外側から空けられ、
ホテルの従業員らしき2人が部屋に侵入してきたり(若干の身の危険を感じた)。


今考えても、インドの体験は滅茶苦茶なことが多かったが(笑)、なぜか、インド人は憎めないし、インドに対して悪い感情は全く持っていない。

むしろ、自分としては、
「必死に生きる人々」の姿を目の当たりにすることで、先進国の人間(自分)が忘れかけている「生き抜くことの厳しさ」を考えなおすことができた。

インドは、そういった“人間の根底にある、何か動物的なもの”を直に感じられるところが、とても刺激的、魅力的である。


さて、前置きが長くなったが、『スラムドッグ$ミリオネア』(Slumdog Millionaire)は現在、急速に発展するインド・ムンバイを舞台にした映画であり、今年のゴールデン・グローブ賞で最多4部門を受賞している。(アカデミー賞は、10部門ノミネート)

敢えて荒く内容を紹介すると、ムンバイのスラム街で育った兄弟が、それぞれの人生をたくましく生き延びながら、最終的に、「クイズ・ミリオネア(?)」にて一攫千金の機会を掴む。
そしてそこには、恋愛が、、、という物語である。

エンディングに向けて、複数のストーリーが収束していく脚本は、見事であった。

そして何より、劇的な映像と躍動感あふれる音楽で、急速に移り変わるインドの「今」が映し出されているところが、大きな見どころだ。

監督らスタッフは、一年間ムンバイに住みこみ、映画撮影に取り組んだという。

スラムでの生活や、人で溢れる狭い路地、ゴミの山で戯れる子供たち、そして急速に高度化・高層化する新市街地など、混沌とするインドの現状を、様々な角度から映像として切り取り、ストーリーに絶妙に絡ませている。
地面すれすれのロー・アングルや上空からの俯瞰アングル(?)など
巧みなカメラ・ワークやクロスカッティング技法を駆使しながら、
変わりゆく“インドの今”を2時間に凝縮している。


インドの貧困や虐待、犯罪、宗教問題などは、言葉(知識)として知ってはいるが、やはり実態のイメージは持ちづらい。

実際、自分もインドへ行った時、ヘビーじゃないスラムへ近づいて行ったが(そんなのあるのか?)、
やはり内部に入るのは不可能(きっと部外者は入ってはいけない)。
そして、入ったところで、その実態に迫ることは、現地の友人でも居ない限り無理。

しかしこの映画が伝える、実地のリアルな映像は力強く、
訴えかけるものが大きい。


ブラピ主演の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(アカデミー賞・最多13部門ノミネート、ゴールデン・グローブ賞・最多ノミネート[最終的に受賞なし])も良いストーリーで面白かったけど、映画化はやや難しい内容だと感じた(どちらかというと小説向き?しかし、そこへ挑んだ功績は大きい)。

その点、『スラムドッグ$ミリオネア』は映画向きの内容であり、それは、高度な映画技法を駆使して、現実の映像が生きてくるように作り上げた、製作チームの手腕の賜物なのかもしれない。


まとめとして、
実際のスラム街など(リアルなセット)の映像と、
躍動的な音楽を織り交ぜて、
スリリングで緻密なストーリーがスピーディに展開される、
完成度の高い映画である。
やや目を覆いたくなる場面もあるが、
臨場感と緊張感を持ちながら2時間をフルに楽しめた。


これから米国・欧州・中国と並ぶ、
世界の大国へ発展するインドの「今」を知る上で、
欠かせない映画と言えるかもしれない。

監督は「トレイン・スポッティング」のダニー・ボイル。斬新な映像と軽快な音楽で繰り広げられる、『スラムドッグ$ミリオネア』の刺激的でスピーディーな展開は、“うむうむ納得”という感じだ。

この映画は事前にあらすじを知らない方が楽しめる
個人的には、公式Webサイトなどで「予告編」映像を見ることはお勧めしない


久しぶりに、
「もう一度、映画館で見たい!」と思う、
見ごたえのある映画だった。

いや、それ以上に、
また、「インドへ行きたい熱」が高まってきた!


≪写真・2004年のデリーとアーグラー: 映画では、活き活きとした街の深い部分が楽しめる≫

↓ 大学入学時(建築学科)の一番最初授業で、“建築家を目指す人が読むべき本”に『深夜特急』が入っていた。当時は建築家に全く興味なかったので(入学直後なのに!)、本にも全く関心なかったが、その当時、この本を読みインドへ行っていたら、今とは全く違う人生を歩んでいただろう。
まあ、それでも建築家になっていないだろうけど(笑)。

2009年1月20日火曜日

大統領就任式ブランチ

今日は、第44代米国大統領の記念すべき就任式。

就任式の時間帯に合わせて、
今日はPeter(教授)の家で、
就任式記念(?)ブランチ。

要は、みんなで教授の豪邸に集まって、
シャンパンを飲みながら、TVで就任式を見ましょう!
というイベント。


今日は、祭日でもなく普通の火曜日だが、
Peter(ハーバード教授)や奥さん(他の大学の教授)に加えて、
50代、60代、70代のインテリ層のPeterの友人たちが
続々とPeter宅に集まり、総勢10数人となる。
(み、皆さん、仕事は??)


オバマとバイデンの大統領の宣誓の前に、
歴代大統領やその家族などが、
会場へ続々と入場されるシーンがTVに映し出されると、

 「クリントン(夫)のコートは何で紫なんだ?」、
 「(黒人歌手の)帽子がダサい。」
 「あの大男は誰だ?」「ミッシェルの兄弟よ!」

など、みんなでTVに向かって、突っ込みまくって盛り上がる。
特に、ブッシュ前大統領とチェイニー前副大統領が出てきた時は、
ブーイングが出まくりであった。


そして、オバマが大統領の宣誓をした瞬間、
「オバマの成功を祈って!」とシャンパーンで乾杯。


この瞬間から場の様相が変わった。
数人(特に女性)は感極まって、涙を流し出し始めた。

特に、オバマのスピーチが始ってからは、
全員が、彼の発する一言一言を、
固唾をのんで(シャンパンを呑んで)、
聞きいる。

そして、オバマのスピーチが終わったら、
ヘリコプターでホワイト・ハウスを立ち去る
ブッシュ前大統領(の映像)を見送りもせず、
皆さん、場を変えて、ランチを開始。
どうやら誰も、ブッシュ氏の顔は、
見たくもないらしい(笑)。


10数人で暖炉を囲んで、ランチを食べながら、
就任式やオバマ、そして今後の米国について、
議論大会が始まる。

しかし、残念ながら、
自分はほとんど着いていけなかった…。
皆さん、相当なインテリ層なので、
この議論の深い部分が理解できたら、
相当楽しいんだろうけど、難しいねぇ…。


議論の詳細は分からなかったけど、
ただ一つ言えることは、
今日のこの場で一緒にTVを見た人々、そして、その他大勢の米国民が、
オバマの存在、そして、スピーチによって、大きく刺激されている、ということ。


オバマのスピーチを聞くことで、
「今は大変な状況だけど、
もう一踏ん張りして、頑張ってみようかな!」
という気持ちを持ちはじめた人が、沢山いるのだろう。

特に、ブッシュ前大統領の悪政(!?)と昨今の大不況で、
資産と自信をなくし、路頭に迷う米国人に対して、
「もう一度、世界に誇れる米国を一緒に作っていこう」
と力強く語りかけるオバマの言葉は、
確実に多くの人に勇気を与え、奮起を促している。


オバマのスピーチは、「具体性に欠ける」という批判もあるが、
きっとハイレベルのリーダーの仕事は、そういうことではないだろう。

ハイレベルのリーダーは、大きな枠組みと方向性を示して、
人々に活気を与えるのが、最も大事な役割だろう。

具体的な目標や手順の策定は、優秀なブレインの仕事であって、
どんなに優れた戦略や計画があったとしても、
大勢の人が本気で取り組くまなければ、ことは進まない。
やはりリーダーは、大勢の人のモチベーションを高めることが、
何より大事だし、実際それが出来る人って、とても限られている気がする。


「何っ、試練に耐えろ?冗談じゃないよ。。。

でも、、、オバっさんに言われたら、しゃーないなぁ。
いっちょ、やったるかぁ!」

人を、そういう気にさせる人格というか、実直さ、誠実さ、熱意、
オバマからはそれを感じる
(少なくとも、ブッシュには感じない)。


自分は日本人だが、やはり米国の強力な牽引力に
期待するところは大きい。

何だかんだ言っても、
米国の動きに多大な影響を受ける国は多い。
やはり米国が正しい方向へ動き出すと、
全体としてかなりの波及効果を生み出すことになるのだろう。
(それ位、米国の舵取りは責任が大きいのに、B氏はなぜ??)

オバマ政権が目指す方向へ米国が実際に動き出せば、
日本を含めた多くの国々も、
大きく急速に変化せざるを得ないだろう。

自分も、いつでも柔軟に変化できるよう、
常日頃から頭と体を柔らかくしておこう。


さてさて、21世紀の新しいリーダーに期待です!

2009年1月18日日曜日

アカデミック・イングリッシュ・コース

ボストンの中心街にある教会では、
外国から来た大学院生や研究者を対象として、
“アカデミック・イングリッシュ(Academic English)”
のコースを開講している。

教会といっても、クリスチャンじゃなくても入れるし、
超低料金で夜間のコースを提供してくれるのがありがたい(テキスト付)。

Park Street Church
Conversational & Academic English classes (⇒ リンク)

先日、知人から「コースの中身はどうでしたか?
という質問を受け、以下のように回答(一部改変)。

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パークストリート・チャーチの英語コースは、
(まあどの世界でもそうですが)先生次第です。

■ 先学期受講した、「SCIENTIFIC WRITING」は
外国人研究者向けにデザインされており、
英語で論文・レポートを書く人には
超お勧めの授業です(= それ以外の人には不向き)。

 前半1時間: 論文書きの心得編
 (なぜ、誰のために、書くのか?美しいAbstractとは?etc.)

 後半1時間: ライティング技法・英文法 [含む、演習]
 (いかに簡潔化するか、センテンスの型、etc.)

という構成で、僕としては毎回、目から鱗が落ちまくりで、
非常に学びが多かったです。

講師二人(夫婦)はとても熱心で、
これまでに数回、同コースを教えた実績もあり、
講義内容も体系的に組み立てらています。


■ 夏に受講した、「ACACEMIC PRONUNCIATION」は、
単語(音節)単位の発音から、文章全体でのイントネーションまで、
英語発音についての基本事項を懇切丁寧に教えてくれました。

講義中に、実際に声を出して発音練習する機会が多かったのも
良かったです。また、CD付の教科書に沿った講義なので、
後で自習も可能です。

非常に熱心で、教えるのが上手な先生でしたし、
僕のひどい発音も、優しく指導してくれました(笑)。


上記2コースは、毎回、基本の講義時間(90分)+ 時間超過(30分以上)で
熱く教えてくれ、非常にお得感がありました(笑)。
すなわち、この2コースは授業料($80)の数倍の価値があったと言えます。

(但し、発音のコースについては、
 自分が受講した際と現在では授業枠組が若干異なるので要注意)


■ 一方、これも前学期に受講した「○○」は、
残念ながら、先生の準備不足が甚だしく、
毎回の授業もその場しのぎといった雰囲気で、
コースとしての一貫性が皆無でした。
多くの生徒は途中から来なくなりました。


もちろん、個人の目的・趣向の違いがあるので、
人によって全く異なる評価かもしれません。

とりあえず、最初の1~2回は「お試し」で授業を覗けるみたいなので、
そこで判断するのが良いかもしれません。
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↓ ものすごく売れているみたいだけど、な、何?

2008年12月25日木曜日

公募の書類作成メモ

自分で考えた研究計画を実現するために、行政や研究機関、民間企業に研究費を申請したり、フェローシップなどの研究ポジションを応募する際には、以下の問いに、単刀直入(straightforward)に答えないといけない。

・ What (now)
  何が、今、問題なのか?     
  What is the current problem?

・ How
  どうやって、問題を解決するのか?
  How to solve it?

・ What
  その研究を進めることで、どんなメリットがあるのか?
  何の役に立つのか? 
  What problem will this results solve?

・ Where
  なぜ、その場所(研究所、研究対象地、もしくは特定の研究費)なのか?
  他の研究所や研究費、研究対象地ではだめなのか?
  Why do you have to take it in this program?

・ Who
  誰が喜ぶのか?
  Who is interested in your research result?
  Who's gonna adapt your result?

・ What/How (future)
  それ(例えば研究成果)は、5年後、10年後、
  どう発展するのか?何に貢献するのか?


5W1H、分かっちゃいるが
全てに対して、口頭と文面の両方で、
明確に、理路整然と答えることは容易ではない。

しかし、それらの問いに的確に答えるためには、

応募要項を、穴があくまで目を通す! 
⇒ ちゃんと読んでいるつもりでも、大事なことを見落としがち。
  何度も読み返すと、見落としに気付くことも多々ある。
  
それにより、相手が真に求めていることを汲む 
⇒ 募集要項の一言一句には、意味がある。
  相手のニーズを理解し、それに応える書類を作成する。
  どこを強調すべきか?相手の問いに、すべて答えているか?
  
応募条件を詳細に確認する
⇒ 本当に、自分は応募資格を全て満たしているか? 
  採択(採用)された後の条件は、十分か?


あっ、今日は聖なる日じゃないか!
メリクリ☆(死語?)

2008年12月23日火曜日

5年後、10年後?

米国で就職活動をする際、
「5年後、10年後、何している?」
という質問がよく出ると聞く。

今日、ある所で仮面接(?)みたいなものを受けた。
いろいろな質疑応答の中で、
「5年後、何がしたいの?」
と聞かれた。

事前に、英文での回答を用意していなかったため、
その場で考えながら、
将来に見向けてやりたいことを示した。

我ながら(?)答えた内容は悪くなかったと思うが、
シドロモドロに回答したため、
「自信」をアピールできなかった。

(⇒その相手には、“それをあなたのカバーレター(添え状)に、
 明記しなさい!”とアドバイスされた)



備えあれば憂いなし。
Forewarned is forearmed.


うむむ、、、準備不足。



↓ 分かっちゃいるけど、なかなかね…。

2008年11月22日土曜日

ピア・レビュー

11月19日のCGAプレゼン(⇒CGAセミナーでの発表)の数日前、
自分のプレゼンテーションに対する
ピア・レビュー(peer review)を行った。

ピア・レビューとは、「同僚・仲間によるチェック」のことであり、
ソフトウェア開発や科研費(科学研究費)の審査などでも
取り入れられる手法である(⇒Wikipedia)。

プレゼンや論文作成の指南書などにも、
大勢の人に発表をする前や雑誌に論文を投稿する前に、
「ピア・レビューをしなさい!」
と書いている。
要は、自分の文章や発表資料を公にさらす前に、
第三者から客観的な意見をもらい、
内容・表現方法を洗練せよ!

ということである。


もちろん、それが大事なのは分かる。
しかし現実は、そんな時間的余裕はないし、
そこまでプレゼンに気合を入れる必要性もなかったので、
今までやろうと思わなかった。


しかし今回、
初めての英語での90分セミナー(60分のプレゼン)ということで、
事前に、同じ研究ツール(GIS)を使っているが、
専門分野が異なる知人に
60分のプレゼンテーションを聞いてもらった。

そして、プレゼンに関する感想を
自由に言ってもらった。


具体的には、
 ・ 意味不明な箇所
 ・ 発音が怪しい単語
を指摘してもらうとともに、
 ・ 「こうすると、もっと分かり易いでしょ?」
 という改善案
を提示してもらった。


指摘してもらった意見を聞いた感想は、
まさに「目から鱗が落ちる」思いであった。

自分が用意したプレゼン資料が、
いかに自分の思い込みの塊であるか!
を思い知らされた。


もちろん自分の中では、聞き手が、
研究の目的と手段、そして結果を、
順を追って段階的に理解できるように、
論理的なストーリーとそれを表すスライドを
用意したつもりであった。

しかし実際は、自分の考えが
聞き手に伝わっていないところが数点、存在した。


特に、自分と、専門の異なる第三者とでは、
一つの用語に対する認識が大きく異なることもある。
自分では、誰もが知っている“一般用語”と思っていても、
他の分野の人にとっては、「何それ?」ということも多々ある。


やはり人は、自分が持っている知識や経験に基づいて、
情報を処理して解釈する。
その場合、その人の持つ知識や考え方によって、
異なる方向で、情報が解釈されることも十分あり得る。


自分と専門分野が離れれば離れるほど、
その傾向が高まるのだろう。
そう考えると、広く一般の方々を対象に発表をする場合は、
理路整然とした構成のもと、分かりやすい言葉によって、
適切な方向へ聞き手を先導していくことが求められる。

専門用語は当然のことながら、
一般用語だけれど、
分野による特有の定義がある言葉(例えば、watershed, stream flow)は、
きちんと説明しないと、誤解されることがある。


「プレゼンをする上で、そんなこと当然でしょ?」
と言う人もいるかもしれない。

しかし実際に、ピア・レビューを経験することで、
「やはり相当な経験を積まない限り、
 客観的に自分の発表内容を点検することは
 極めて困難であり、第三者からの意見には到底敵わない」
ことを強く実感。
すなわち、ピア・レビューの意義はとてつもなく大きい、と。


ピア・レビューをする際、
ピアというのがキーだろう。
比較的近い立場で、気軽に意見を交わせるような関係が良い。
そして、専門分野も遠からず近過ぎずの関係が、
より効果的なのだろう。

今回、じっくりとプレゼンを聞いてもらい、
ある程度の時間をかけて、対等に議論することで、
「どこで、何が足りないのか。
どうすればより分かりやすいか?」が、
明確に浮かび上がってきた。


実際のところ、ピア・レビューをお願いする相手によって、
その意義というか、フィードバックの質と量に差が出てくるだろう。

(今回はピアといっても、自分より知的レベルが遥かに高い方だったので、
 効果が大きかったのかもしれない(笑))


同時に、自分の方でも、
「何を言われても、怒らないし恨まない。
気がついたことは何でも言ってください♪」という
オープンな雰囲気を醸し出すことが大事だろう。


ピア・レビューの意義を(今更ながら!)学べたことが、
今回の最大の収穫だったかもしれない。



↓ 研究のプレゼンでも、
肝はやっぱり“ストーリー”!

2008年11月19日水曜日

CGA セミナーでの発表

CGA(地理解析センター)は、
月一回、
ABCD-GIS Working Group
開催する。

これは学内外の研究者・実務者が、GISの理論や応用についての最新の研究成果を発表することで、
コミュニティ内外での情報収集や意見交換を促進することを趣旨とした、定例ミーティングである。


ついに、
というか、とうとう、
自分が発表する番が回ってきた。

こちらにきて初めての、
90分セミナーの開催となる。
(⇒タイトル・内容のフライヤーPDF)

4月に一度、講義を担当させてもらったが(⇒初講義)、
自分が中心となって、
研究の話を展開するセミナー形式は、
今回が初挑戦だ。

しかも90分、かなり長い。


時間の使い方は自由裁量なので、
適当に(!?)、
プレゼン60分、質疑応答30分と決めた。
これまでのセミナーへの参加経験から、
妥当な時間配分だと思われる。

(というか、30分以上の質疑応答には
 耐えられる気がしない(笑))


今回の60分プレゼンのため、
4月の講義のときと同様、
発表用原稿を用意した。

やはり正式な場での英語発表には、
まだまだ原稿の用意は欠かせない。

しかし、そうは言っても、
60分のフル原稿を用意するのは大変なので、
今回は8割程度の用意にとどめた。


そして、講義のときほどではないが、
今回もそれなりの回数を練習した。

一回60分となると、
練習を開始するにもかなりの気合いが必要であり、
重い腰が全然上がらなかったが、
それでも5,6回は通しの練習をした。


もうこちらにやってきて、9か月以上経つので、
そろそろこんなセミナーくらい、
軽くこなせるようになりたいが、
そうもいかないと言うのが現状だ。


そして11月19日、無事発表が終了。
用意したプレゼンは計60分で終わったし、
伝えたいこともちゃんと言えた。
英語の発音・リズムはボロボロだったが、
まあ、現時点での自分のベストは尽くしたつもりだ。


しかし、、、
質疑応答の30分は、ボロボロだった。。。。

質問者の問いに対して、適切に応えられなかったこともあったし、
その場では回答したつもりであったが、
後になって考えると、
(自分の方で)質問内容を誤って解釈して、
異なる趣旨の回答をしてしまったこともあった。


プレゼンの前、
「質疑応答の際には、
"Are you asking that ~?"と
必ず相手の質問を自分の口で確認してから、
回答をはじめる」
と自分に言い聞かせていたが、
全く実行できなかった。

(↑を実行することで、
 ①自分が相手の質問を正しく理解するとともに、
 ②聴衆全員にも質問内容を確認することができる。
 ③そしてその間、自分が回答を考える時間が稼げる、
 という利点があるらしい)


まずは、当たり前のやるべきことから、
ちゃんとやりましょう、
自分。


*学内外から足を運んで
本発表を聞きに来てくださった皆様、
どうもありがとうございました!!



≪写真 先週初めのキャンパス。
今はもう、ほとんど枯れ木です。≫



↓会場に用意されていないことが多いので、
マイ・ポインターは必携です!

2008年11月16日日曜日

秋・最終日?

10月16日、ボストンから出国する際、
3週間後、ボストンへ戻ってくるときは、紅葉は全て散ってしまっていると思っていた。

さらに、気温もぐっと低くなって、
毎日氷点下なのだろうと想像していた。

しかし、11月4日の帰国後は、
思ったよりも暖かく、
最高気温が10度を超える日も多かった。


そして、街中やキャンパスには
かろうじて紅葉が残っていた。

こちらに来る前、
「ボストンは秋が一番きれい」
と聞いていたので、
最盛期は逃したものの、
最後の方に間に合うことができて
本当に良かった。







写真は、自分の通学(勤)路であり、
英語をブツブツ口にしながら、
こんな道をテクテク歩いている。


2月にやってきて、
冬・春・夏・秋の4シーズンを過ごしたことになるが、
季節ごとに草木の色が大きく変わるので、
いつも同じ道を歩いていても
全然飽きない。






何となく、
日本(あくまでも自分が過ごしてきた地域)に比べて、
こちらの樹木の葉っぱの色は強いというか、
より鮮やか(派手!)な気がする。

秋もそうだが、
特に春、そう感じた。



今日は朝から、一日中強風だったので、街中の紅葉は散ってしまったに違いない。
(写真は先週前半に撮影)


今週は中盤から一気に寒くなり、
最高気温も2~3度になるという。
ボストンの厳しい冬も、もう目の前だ。




でも自分は、雪で覆われた街を歩きながら、大学へ向かうのも嫌いじゃない。

最後になるかもしれないボストンの冬景色、
存分に楽しまなければ。
(まだ気が早い?)

2008年11月8日土曜日

世界級キャリア?

先月の帰国中、
東京・表参道の青山ブックセンターのレジ前に、
世界級キャリアのつくり方
―20代、30代からの“国際派”プロフェッショナルのすすめ

(黒川清・石倉洋子著)
という本が平積みされていた。

こんなタイトルの本がレジ前の
目立つところに並べられているのが、
いかにも表参道らしい。

個人的に、黒川清氏のブログはRSSに登録しており、
この本も気になっていたので、
タイトルに多少の恥ずかしさを感じつつも、
レジへ持っていき思わず購入。


成田⇒サンフランシスコの飛行機の中(8時間)、
やたら目が覚めていたので、本書を通読。
小学校以来の(?)読書感想文を書いてみる。

-----------
医療・医学教育、経営戦略論・ビジネス教育の分野で
いわゆる世界級キャリアを持つ2人が、
男性・女性の視点を織り交ぜながら
これからの日本社会を背負う若者向けに向けた、
メッセージ的な書籍である。


本書で提言する「国際派」プロフェッショナルとは、
海外で働いたり、国際的な仕事に携わるということだけではなく、
これから、国内のさまざまな仕事にも適用可能、
さらには必要になってくる概念である。

今後のグローバリゼーション社会では、
例え日本社会で完結するような仕事であろうと、
世界観や歴史観、大局観を持って、
ある分野でのプロフェッショナルとして自己研磨し続けることの
重要性を説いている。

こう書くと、「自己成長し続ける」ことを捲し立てている
ビジネス書と同様なものを想像するかのしれないが、
一般のマニュアル、ノウハウ、自己啓発本とは異なる。

本書では、プロフェッショナルという生き方が如何なるものか、
そして、そうあるためには何をすべきかが、
自らの経験をもとに記されている。


自分としては、

『これほどの機会を逃したら一生後悔すると思って
ビジネススクールへ行く決心をした』

『(メンターとなるような人に)出会っていても
そのことに「ときめく」感性を持っていることが大切だ』

など、ある時点での感覚的・直感的な想いが
著者の人生の転機となっていることが、
実体験にもとづき、記されている点が参考になった。

自分の中から湧き出てくる「気持ち」を大切にすることの
重要性が再認識できる。


そのような、「自分の気持ちのへ感度が高く、
発想が柔軟で、失敗してもすぐに立ち直れる若い時期に
プロフェッショナルを目指すことが重要」
と考える二人のメッセージは優しく、
押し付けは含まれない。


著者が2人とも、東京近辺の中高一貫の私立校で
教育を受けたという点は、
田舎(宮崎・千葉)の公立校出身の自分から見たら、
「この人たちって、もともと育ちが違うでしょ?」
と思わなくはないが、
黒川氏は、初めて海外留学したのが32歳と比較的遅めな点、
石黒氏は、大学卒業後7年間フリーの通訳をしていたという点で、
共感が持てるというか、勇気づけられる。

ただ、二人とも“米国流”が少し強い気がするので、、
“欧州流”や“アジア流”の考えや視点も組み込まれていると、
“世界級”という言葉により厚みが出ると思った。
(もちろん、2人の経験でそこまでカバーできなくて当然だし、
 今は“米国流”=“世界級”だし?)


本書は、年齢・職業に関係なく、
多様な人に刺激を与えるものだと思うが、
若ければ若いほど、その効用は大きいかもしれない。

 (もちろん、年齢より意識次第。
 自分が20歳の時に読んでも、ピンとこなかっただろうし)

同時に、転職などキャリア・チェンジを考えている人も、
一読の価値あり。


2008年11月5日水曜日

大統領選挙

11月4日の夜22時、ボストン空港へ。

空港から家へ帰るタクシーの中、
大統領選挙投票結果の速報ラジオが流れる。
「(超保守の)ヴァージニア州で44年ぶりに、
民主党が勝利した!」
とアフリカ(セネガル)出身の運転手が、
興奮する。


家に帰って、荷物の整理が一段落して、
テレビを付けたら、オバマの勝利スピーチが始まった。


米国民ではない自分までも、
米国、そして(それに引っ張られるかたちで)世界の多くが
良い方向に動き出すのでは?、期待が膨らむような
しびれる演説であった。

米国民だけでなく、世界へメッセージを発するのが、
米国大統領なのだろう。


彼のスピーチ力は極めて高い。
彼の国民を思うひたむきな気持ち、
国を変えるためのものすごい情熱と使命感が、
ひしひしと伝わってくる。

どんなに優秀なブレインが周りについて、
完璧な演説原稿を作ってくれたとしても、
最後はそれを口にする人の気持ち・魂が
表に出てくる。


自分もボスPeterも
「最高のスピーチ」と絶賛。
細かい英語表現が分からなくても、
一見の価値あり。

Full Obama Victory Speech
http://jp.youtube.com/watch?v=Jll5baCAaQU


TVや身近な人の反応から、
(アフガン・イラク戦争で)国際的な信頼を失い、
経済的にもどん底のアメリカを救う救世主として、
米国民のオバマに対する期待をひしひしと感じる。



環境問題に対して米国は(かなりの!?)「けしからん国」であるが
州や自治体レベルでは、CO2削減や再生可能エネルギーの促進など、
先進的な取り組みをしているところも多い。

政権が変わり、
米国の地球温暖化政策が一気に進むことで、
日本も含めた他の国々への波及効果も大きくなりそうだ。



でも、何だかんだ言っても僅差の勝利だったので、
そんな簡単には上手くいかないか?


いや、「できる!」と
希望を持って前へ進むことを宣言して
スピーチを締めくくったオバマなら、
やってくれるのだろう。
(って、何か人任せですが(笑))

This is our chance to answer that call. This is our moment. This is our time - to put our people back to work and open doors of opportunity for our kids; to restore prosperity and promote the cause of peace; to reclaim the American Dream and reaffirm that fundamental truth - that out of many, we are one; that while we breathe, we hope, and where we are met with cynicism, and doubt, and those who tell us that we can't, we will respond with that timeless creed that sums up the spirit of a people:

Yes We Can.

全文はこちら

2008年11月1日土曜日

東京ふたたび

今年5月に続き、再び東京へ。

2月初旬の渡米の際、
まさか年内に2回も帰国することになるとは
想像していなかった。

今回の東京滞在(10月23日~)は、
身内の結婚式とGIS学会の参加が主目的であるが、
こちらのボスとの研究打ち合わせや
その他業務遂行のために、
今回は長めの滞在である。

これまでの8日間は、
表参道、駒場、横浜+αを
行ったりきたりで、ドタバタであったが、
たくさんの方々に会うことができた。


特に、表参道、駒場、横浜の先生方からは、今後の研究の進め方に関する、短期的・長期的両面での、多くの有益なアドバイスをいただいた。

各先生方とも、
それぞれの分野のパイオニアとして、超多忙を極める方々であるが、海外にてフラフラと好き勝手に(!?)進めている自分(川崎)の研究に対しても、多くの時間を費やして、惜しみなく情報やアイデアを提供してくださる。

パイオニアといわれる人は、
自分の持つ情報やアイデアを出し惜しみしない。

そして結果的に、その数倍の情報やアイデアが
そこへ戻ってくる。
これはどこの国でも、いつの時代でも
変わらない世の原理なのだろう。



さて、コンビニへ行くたびに、
袋いっぱいに買い物をしてしまう。

アメリカで甘いものに目覚めてしまったせいか、以前は全く目がいかなかったデザートやお菓子をついつい手に取り、カゴの中へ…。

どれも包装からして美しいし、安価で美味しい。

外国人が、「日本のコンビにって楽しい!」という気持ちが良く分かる。


自分は、米国で甘いものばかり食べていたので、太っていると思っていたが、こちらに戻り体重を量ったら、減っていることが判明。

この14日間、外食やコンビニ食が続いているので、きっと元に戻っているのだろうけど。


残り数日、何食べよう?



≪写真 表参道・国連大にて≫

2008年10月24日金曜日

北京大学

北京最終日、
もう一つの中国最高学府・北京大学へ行く。

リモートセンシング・GIS研究所(Institute of Remote Sensing and Geographical Information System)を訪問するのが目的だ。

ちなみに、この研究所は、大学内のリモートセンシング棟という建物に位置する。
右の写真のように、リモートセンシングのことを中国語では「遥感」と表記する、と
今回一緒に研究所を訪問する東京大学・竹内先生に教えてもらう。
漢字の雰囲気は分かるけど、やはり教えてもらわないと分からない。


RS&GIS研究所のLiu教授が対応してくる。

北京大学には、GISに関する3つの研究センターがあり、
ESRI ArcGISのサイトライセンスを導入している(ちなみに、清華大学も)。

- Institute of Remote Sensing and Geographical Information System
 約30年前に設立。地理学科を中心に、多様な分野の教員によって構成される。教授・准教授がそれぞれ15名程度、スタッフが10名程度。
 主に、3つの部門によって構成される。
 1) GIS理論(GI Science)
 2) ソフトウェア開発:Peer to Peer、テラバイトに対応する(?)次世代型GISソフトウェアの開発など。独自のGISソフトウェア・ソフト(City star?)も開発したという。
 3)  応用研究: 災害対応(がけ崩れ)、土地利用規制など

- Center of Geographical Information System
 約10年前に設立。コンピュータ・サイエンスの学科が中心となって、ソフトウェア開発を行う。

- ArcGIS Teaching and Applied Research Center
 2008年1月、ESRIと北京大学にて共同設立。ESRI製品を使ったGIS教育・研究を推進すると主に、ソフトウェアの研究開発も行う(→中国科学技術省

個人的には、これらのセンターが、ハーバードと同じように、
GISをツールとして、大学内の分野融合型の
学際研究を推進するような活動を行っているのか?
という点に一番の関心があった。

しかし、Liu教授は、
「特にそのような活動は行っていない」
と仰っていた。

・やはりそれぞれの研究者の興味の対象は異なるので、
そのような活動を推進しても効果は薄い。
・興味や関心があれば、個人個人の研究者単位での共同研究や
学際研究が行われるので、特にGISによる学際研究の推進といった
キャンペーンを展開するつもりはない、
とのことであった。


2006年、ESRIのサポートを受け設立された、
ハーバードのGISセンターはGISによる学際研究の促進と
それによる新しい学問分野の創出などをその使命と掲げている(と思う)。

2008年、同様にESRIが北京大学に多大なサポートを行ったとの噂を耳にしたので、
今回の訪問に至ったのであるが、北京大学では上述のArcGIS Teaching and Applied Research CenterにおけるArc GISソフトウェアの研究開発を中心に行っているのかもしれない。

今回は、実際に北京大学に行くまでほとんど情報が無かったので
(英語版Websiteが全く存在しない!)、
内部の実情が全く分からなかったが、
機会があれば、ArcGIS Teaching and Applied Research Centerの活動も調査してみたい。

それにしても、ハーバード、北京大学と、
次々とGISのセンターを立ち上げるESRIの世界戦略って、一体・・・?


明日は、東京でGIS学会に参加。

再見、北京!


≪写真・上2~4 北京大学キャンパス≫
 清華大学と比べて、中国風の建築物が多く、歴史を感じるキャンパスだ。

≪写真・下 竹内先生、Liu教授と≫

2008年10月23日木曜日

清華大学 その2

21日・22日は、清華大学にて、「第7回アジア地域の巨大都市における安全性向上のための新技術に関する国際シンポジウム(USMCA2008)」に参加。

自分は、代理発表を含む、二つのプレゼンテーションを行う。
しかも、同一セッションでの連続発表。

よく考えてみたら、一度に二つの話題について
発表を行うのは初めてだ。

まず、一本目。
目黒先生と一緒に指導をさせてもらった、
コロンビア人大学院生の修士論文の研究成果を
代理発表という形で発表。

2週間前には代理の件を伝えられていたので、
十分な準備時間はあった。
実際、それなりに時間をかけて用意をしてきた。

ところが、その発表は散々たるものであった…。

発表の直前に、先方が用意した発表用PCにて、
プレゼンで使用するムービーファイルの設定をしようと思ったのだが、
中国語OSに戸惑ってしまった。
それによって、プレゼン開始時間を大幅に遅らせるとともに、
結局設定が上手くいかないままプレゼンをスタートすることになった。

聴衆はそれ程いなかったが、
会場が広かったせいもあって(写真なし)、
ものすごく焦った状態でスタート。
そして、その心の動揺が取れないまま、
シドロモドロな状態でプレゼンを終える。 

あ~最悪…。
こっ恥ずかしいプレゼンをしてしまった。。。


当初の予定では、セッションが始まる前(休憩時間)に、ファイルを発表用PCにコピーして、ムービーファイルの設定も済ませておく予定だった。

しかし、その前のセッションの間、屋外で一人で発表練習をしていたら、
ものすごく大きなが自分の鞄に降り立った。
そして、何故かそこが気に入ったみたいで、
お尻(針?)を鞄に擦りつけ、そこから一向に離れようとしない。
結局、その蜂を追い払うのに10分くらいかかってしまい、
その結果、会場入りがセッション開始の直前になってしまった。

世の中、常にトラブルの連続だ。
発表の直前に、
が自分の鞄にまとわりつくなんて、
思いもつかない。
しかも、かなり巨大…。

しかし、これくらいのハプニングで、
動揺してしまってはいけないのだ。


そして、1本目のぐだぐだプレゼンの直後、自分がメインでやっている研究の発表。
もう終わってしまったことは仕方がないので、
気を取り直して、2本目の発表に挑む。

1本目の汚名を挽回すべく(!?)、
無理やりテンションを高める。

ほぼ当初の予定通りの時間に発表を終えた。
その後の質疑応答では、有難いことに、
とてもいいご指摘を沢山いただいた。


そして、無事二日間の日程を終え、
閉会式。

そこで、若手研究者の中からBest Paper Awardが選ばれるのだが、
その5人の中に自分が選ばれた!

小学校低学年のときに、地元の写生大会で描いた絵が
街のコンテストに入選して以来の表彰。
自分でもとても驚いた。
目黒先生やご支援いただいている多くの方々に、
太謝謝祢了。

大会実行委員会の方曰く、
「あくまでも2本目の発表に対するの賞だから。
1本目と2本目の平均での評価だったら、
駄目だったから
(笑)」

やはり1本目の発表は、相当点数が低かったみたいだ(笑)。
プレゼン・マスターへの道のりはまだまだ遠い。




≪写真・上2つ USMCAの会場(大学内)≫
≪写真・下2つ 懇親会会場(大学外)≫

2008年10月20日月曜日

清華大学 その1

中国・北京の清華大学へやってきた。
目的は、「第7回アジア地域の巨大都市における
安全性向上のための新技術に関する国際シンポジウム
」(な、長い!)
に参加するためだ。

清華大は、フリードマンの『フラット化する世界』でも紹介されていた通り、中国の理工系最高峰大学、というかもはや、アジアを代表する大学の一つである。

清華大学に来るのは、2005年10月、2006年12月(⇒レポート)に続いて、3度目である。
また、今年9月から、ハーバード大の自分が所属する研究室に、
清華大から一年間の交換留学生(シャン)がやってきており、
ここ数年、何かと縁がある。


今回の北京は、
到着初日(深夜)にホテルへ行ったら、
部屋の予約が取れていなかったり(海外では良くあることだけど…)、
翌日の朝食時は、レストランにてオジサンにぶつかられて、
洋服がスープまみれになったり(スーツじゃなくて良かった…)と、
何かとついていない。


シンポジウム前日の今日は、
シャンの指導教授との面会の予定。

清華大学のキャンパスは、
ものすごく広大であるが(2km×1.5km)、
すでに3回目なので、大学内の配置も
大よそ分かっているつもりだった。

なので、行き先周辺のみを拡大した地図を片手に、キャンパスすぐ傍のホテルから、教授のオフィスへ歩いて向かった。
教授との面会の前に、オフィス近くの食堂でランチを食べるつもりで、大幅な時間の余裕をもってホテルを出発した。

ところが、、、

これまでに行ったことがない西南門から、キャンパスへ侵入していったせいか、途中で、思いっきり道に迷ってしまった。。。

しかし自分は、方位に強い方なので(過信)、
人に道を尋ねることもなく、
テクテクと歩き回っていたら、
そのうち完全に包囲を失ってしまい、
どんどんドツボにハマっていった…。

その後、完全にお手上げ状態になったので、自分のちっぽけかつ誤まったプライドを捨て(?)、
周囲の人に道を尋ね始めた。


ところが、英語で話しかけると逃げられたり、立ち止まってくれても英語の地図を見せると、首を横に振り、立ち去られ続ける。

「地図だったら、言葉は関係ないのでは?」と思いつつも、次回からは現地語の地図も一緒に用意することを考える。


しかし、アポイントの時間も迫ってきてるので、
とにかく場所を教えてくれる人を探すしかない。

その後、純朴そうな学生に声をかける。

彼はその場に立ち止まって、
一緒に地図を見てくれた。
あまり英語が喋れない感じだったが、
一生懸命地図を見て、
現在地と行き先を教えてくれた。

自分は、とんでもないところへ迷い込んでいたみたいで、
目的地までの距離は結構ある。
もはや、ランチを諦めても遅刻は必至!
ということが分かった。

「謝謝!」と彼に握手をして、
教えてもらった経路に従い、再び歩き出す。
時間がないので、やや早歩きでひたすら目的へ歩を進める。

そして、彼と別れて7,8分後、
後方から自転車に乗った彼が猛スピードでこちらへ向かってきた。
自分の前で、急ブレーキをするなり、
「後ろに乗りなよ!」と自転車の荷台を指去す。

「本当にいいの?」と思いつつも、時間もなかったので
彼の申し出に甘えて、「謝謝!」と彼の自転車の後ろにまたがる。

彼が少し不思議そうな顔をしながら、
自転車をこぎ出すと、フラフラ、フラフラして
まともに前に進めない。

そこで彼から、
「横向きに乗ってくれ!」と注文がはいる。

「おお~、女の子乗りかぁ!」と思い、
人生初の横乗りに挑戦。

しかし、逆に今度は、自分が横乗りのバランスが取れなく、彼の自転車をフラフラ、フラフラさせてしまう。


横乗り(女の子乗り)って、意外に難しく、
彼の腰に手を回さない状態で(!?)、
どこに重心を置き、どうやってバランスを保つのか、
それ以前に、放り出された両足をどうするのか?
よく分からなかった。

「何事も実際にやってみないと分からない」
と感心しながら、
と彼の自転車で目的地まで乗せて行ってもらった。


お陰で、アポイントの時間ちょうどに目的地へ到着!
またもや「謝謝、謝謝!」と自分の謝意を伝え、
固い握手を交わして彼と分かれる。



自分は運が良いことに、
(特に海外で)色々な人に助けてもらっている。

去年も、ラオス・パクセからの出国の飛行機に遅れそうであったが、
(それを逃したら次の飛行機は3日後!)見知らぬラオス青年が
バス停から空港までバイクに乗せて行ってくれた。

(しかも空港の手前でバイクが壊れてしまったのだが、「俺のことはいいから空港へ向かってくれ!」と、乗継バイクを拾ってくれ、彼をそこに残したまま空港へ向かい、お陰でギリギリ飛行機に間に合った!)


彼らと、これから2度と会うこともないだろうし、
直接、恩返しもできない…。


その分、自分も困った人を見つけたら、
力になってあげよう。

特に、言葉の通じない国での現地人の手助けは、
本当にありがたいので。
(インドでは騙されまくったので、
国と地域を考慮して、見極めましょう(笑))


≪写真・上から4枚 清華大学キャンパス内≫
≪写真・下 自転車に乗せてくれた青年≫



↓ 当然ですが、中国語版も出版されています。

2008年10月17日金曜日

動物のいないサーカス?

先日の夕方、突然Peter(自分のボス・教授)から、

「何かよく分かんないけど、“動物のいないサーカス”の
チケットが余っているんだよね。
あと2時間後にスタートだけど来る?」

と携帯に電話をもらった。


どうやらスーザン(妻)が友達の分も含めて、チケットを手配したが、急遽、キャンセルする人が出たらしい。


「俺は忙しいからあまり行きたくないんだけどなぁ。。。」

とPeterはあまり乗り気ではない様子。



「何のことやら?」と自分もよく分からなかったが、
その後“動物のいないサーカス”とは、
シルクドソレイユと判明!

9月8日から、シルクドソレイユ“KOOZA”のボストン公演が
開催されていたみたいだ。

「それだったら行くしかないでしょ!?」ということで、
急遽Peter達と合流することに決定。



会場は、地下鉄Red Line JFK/UMass駅から徒歩10分のBayside Expo Center。

その一角に、
シルクドソレイユの小さなテントが設置されていた。

開園の一時間前に会場に到着し、
テント内の特設フードコート(!?)にて夕食を取る。
Budweiser一本(350ml)で7.6ドル、コーラ(大)で6ドルという
シルクド・プライスに少したじろう。


20時、公演スタート。

半径6,7mのステージを1,000人弱の観客が取り囲む。
自分らは運良く(スーザンのお陰で!)、前から5列目で見ることができたが、
小さな会場なので後方からでも十分、堪能できそうな雰囲気だ。

自分は、シルクドソレイユは神秘的かつシリアスなパフォーマンス集団だと勝手にイメージしていたが、
KOOZAはアクロバットや大道芸、ドリフばりのコテコテ・コメディー、
客いじりなど、何でもありの楽しいパフォーマンスだった。

そして、それらのコミカルなステージや
人間離れした完成度の高いパフォーマンスが、
特殊装置・照明システムで作られた幻想的な空間で、
迫力の音楽のもと、
一貫したストーリで展開されていった。

ステージと観客席がとても近かったことと、
観客席全体を巻き込んだドタバタ劇も織り交ぜられていたので、、
一体感を持ちながらパフォーマンス見ることができ、
2時間40分の公演(含む、30分休憩)は、あっという間だった。


神秘的な衣装をまとって、ステージ上で楽しそうに動き回るパフォーマーを見ながら、
一瞬一瞬、自分エキサイトするようなアクションにエネルギーを注ぎ、
全身を動かすことの素晴らしさを再認識。

なんというか、
自分の体が動くうちに、全身フル活用して、
やれることをやっておこうという思いに駆られた。

少し感動のポイントがおかしいかもしれないが、
明日から筋トレ頑張ろう!
って思った。


公演後の帰り道、「像が出てこなかったなぁ。。。」とPeterが嘆いていた。

1年間、インドで研究生活を送ったPeterとしては、像の曲芸の方が良かったのかもしれない。
次の日の朝、Peterに会ったら、
(昨日の非常にハラハラした)パフォーマンスの一つが夢に出てきて、
魘されて目が覚めたという(笑)。


以前、ラスベガスに行った際、
いろいろなホテルでシルクドソレイユの公演があることは知っていたが、
当時はブラック・ジャックにはまっていたので、
ショーを見に行く余裕(資金!?)など無かった(笑)。

「いつか見てみたい!」と思っていたが、
まさかこんな形で実現するとは!

まさに、棚からシルクドソレイユ。

いつも様々な機会を与えてくれる
Peterとスーザンに、またまた感謝である。


≪写真・上≫ 会場
≪写真・中≫ 開演前のステージ
≪写真・下≫ お茶目なPeterと




↓ 飲み物は高いので、持ち込みが賢いです(笑)。

2008年10月9日木曜日

ラリー・サマーズ前学長との遭遇

 前回、(⇒CGA その3: 地理解析センター開設の理念)、
CGA設立の理念を語る
ラリー・サマーズ前学長のスピーチを紹介した。

彼のスピーチ・ムービーを見なかったら、
自分は現在、ここにいなかったかもしれない。
それ位、自分にとってはインパクトのある内容であった
(ええ、自分は思い込みが激しい人間です)。


 ちなみに、このスピーチを行ったラリー・サマーズ氏は、
16歳でマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学し、
28歳でハーバード大・教授(史上最年少)となり、
その後、世界銀行の上級副総裁、44歳で米国財務省・財務長官、
47歳でハーバード大学学長、そして、
50歳でハーバード大学で初の教授会による学長不信任案により辞任という、
波瀾万丈のものすごい経歴をもつお方だ。


 自分は、初めてこのムービを見た後、英語の練習がてら、
このムービーを何十回も繰り返してみているので、
まるで恋人のように彼の顔も声もよく分かる(ややキモい?)。

 「この人に会ってみたい」って強く想っていたら、
本当に会えるもので(⇒ネガエバカナウ?:07/31)
以前、学内で偶然に彼と出くわした!
彼は現在、行政大学院の教授をしている。
先日、行政大学院内の階段で彼とすれ違い、偶然目が合った。
その瞬間、「あっ、ラリー・サマーズ!」と思って振り返ったら、
彼はおもむろにポケットから携帯電話(PDA?)を取り出し、
階段上でメールを始めた。


 なので、メールが終わったら彼のところへ行き、
“あなたのスピーチを見て、ここにきました!”と伝えようと思い、
近くの柱に身を隠し(?)様子を見ていたが、
彼は顔をしかめたまま、ひたすら携帯メールを打ち続けていた(笑)。

数分待っても終わる様子がなかったので、
「また、今度にするか。」とその時は諦めて引き揚げたが、
今思えばあと5分くらい待っておくべきだった。


その後、彼と再会する機会はない。

やはり出会いは真剣勝負。一瞬一瞬を大切にせねば。
「また今度」、そんなの2度とやってこない!



↓外国へのお土産として喜ばれそう。