2008年12月25日木曜日

公募の書類作成メモ

自分で考えた研究計画を実現するために、行政や研究機関、民間企業に研究費を申請したり、フェローシップなどの研究ポジションを応募する際には、以下の問いに、単刀直入(straightforward)に答えないといけない。

・ What (now)
  何が、今、問題なのか?     
  What is the current problem?

・ How
  どうやって、問題を解決するのか?
  How to solve it?

・ What
  その研究を進めることで、どんなメリットがあるのか?
  何の役に立つのか? 
  What problem will this results solve?

・ Where
  なぜ、その場所(研究所、研究対象地、もしくは特定の研究費)なのか?
  他の研究所や研究費、研究対象地ではだめなのか?
  Why do you have to take it in this program?

・ Who
  誰が喜ぶのか?
  Who is interested in your research result?
  Who's gonna adapt your result?

・ What/How (future)
  それ(例えば研究成果)は、5年後、10年後、
  どう発展するのか?何に貢献するのか?


5W1H、分かっちゃいるが
全てに対して、口頭と文面の両方で、
明確に、理路整然と答えることは容易ではない。

しかし、それらの問いに的確に答えるためには、

応募要項を、穴があくまで目を通す! 
⇒ ちゃんと読んでいるつもりでも、大事なことを見落としがち。
  何度も読み返すと、見落としに気付くことも多々ある。
  
それにより、相手が真に求めていることを汲む 
⇒ 募集要項の一言一句には、意味がある。
  相手のニーズを理解し、それに応える書類を作成する。
  どこを強調すべきか?相手の問いに、すべて答えているか?
  
応募条件を詳細に確認する
⇒ 本当に、自分は応募資格を全て満たしているか? 
  採択(採用)された後の条件は、十分か?


あっ、今日は聖なる日じゃないか!
メリクリ☆(死語?)

2008年12月23日火曜日

5年後、10年後?

米国で就職活動をする際、
「5年後、10年後、何している?」
という質問がよく出ると聞く。

今日、ある所で仮面接(?)みたいなものを受けた。
いろいろな質疑応答の中で、
「5年後、何がしたいの?」
と聞かれた。

事前に、英文での回答を用意していなかったため、
その場で考えながら、
将来に見向けてやりたいことを示した。

我ながら(?)答えた内容は悪くなかったと思うが、
シドロモドロに回答したため、
「自信」をアピールできなかった。

(⇒その相手には、“それをあなたのカバーレター(添え状)に、
 明記しなさい!”とアドバイスされた)



備えあれば憂いなし。
Forewarned is forearmed.


うむむ、、、準備不足。



↓ 分かっちゃいるけど、なかなかね…。

2008年12月21日日曜日

英語メモ: 受動態と能動態

論文やレポートなどを書くときは、
客観的に表現するために
「極力、受動態を使うこと!」
と習った。

分野によって違うのかもしれないが、
工学系の論文は、
誰がやっても、
論文の手順どおりに進めることで、
記述と同じ結果が出ることが求めらる。
従って、人を主語に置かずに、
受動態で文を作ることが多い。

(人を主語にすると、“誰かが△△したら、○○の結果になった”
という、その場限りの再現性のない表現になりかねない。
もちろん、ケース・バイ・ケースであるが)


最近、推薦書を書いている。
その中で、
「彼のコミュニケーション能力は、著しく向上した」
と書きたく、
His communication skills was enormously enhanced.
と表現した。

推薦書は、ある人物に対する第三者からの評価なので、
同様に受動態を使って、なるべく客観的に表現するのが
良いかと思っていた。


しかし、ネイティブの学生にチェックしてもらったら、
It’s a little more powerful to say that he has excellent skills than to say that his skills were enhanced.
との指摘をもらった。

(修正後)
He has developed excellent communication skills.
「彼は、卓越したコミュニケーション能力を身につけた」

確かにこちらの方が、力強い。

-------------
同様に、
I believe, by integrating his performance and experience and the generous research resources at your center, innovative ○○(results) would be produced.

I believe that the combination of his performance and experience with the research resources at your center will produce innovative ○○(results).

-------------
こちらは受動態ではないが、
以下のやや客観的表現よりも、
As a result of his might effort,


His mighty effort has yielded clear results,
という能動的表現の方が、
彼が何かを生み出した感”が強い。

-------------

普段の習慣から、
ついつい受動態の表現を多用してしまうが、
文章の目的によっては、能動的表現を多用する必要がある。
(まあ日本語でも一緒かぁ!)


文章だけでなく、
生き方も、より能動的でありたい☆


<写真> ここ3日間、ずっと雪…





↓ この本、今とても熱いみたいですね?
いろんな人がブログなどでコメントしているので、
読みたいですが、当分機会はなさそうです…。

2008年12月6日土曜日

HarvardScienceへの掲載

11月19日のセミナーで
自分が発表した内容が
(⇒CGA セミナーでの発表)、
HarvardScienceに
掲載されている。

――――――――――――――
HarvardScience
 
 *上部の
 Environments メニュー から
 Geography をクリック
 > "Thinking globally and mapping locally"へ
――――――――――――――

さすがプロの記者、
分かりやすい文章で簡潔にまとめてくれている。
タイトルはかなり大げさだが、一般向けの記事としては
これ位キャッチ―な表現が必要なのだろう。

事前に、文章を確認させてもらったのだが、
その後の記者もしくは編集長による最終校正により、
誇張表現が若干増えている(笑)。

(例えば、「人口、土地利用、気候の変化を予測する」と記述されているが、
 もちろん、そんなことはできない(笑)。
 あくまでも、“潜在的な変化の幅を大まかに検討する”という程度)

「ラリー・サマーズのムービーを見て、ここに来ることを決めた」、
(⇒CGAその3:地理解析センター開設の理念
という話も書かれている。


英語だけど、自分の研究内容が、
簡潔にまとめられているので、
ご興味とお時間がある方は目を通してくださいませ。


↓「世界〈水〉市場120兆円。“水危機”を背景に急成長する水ビジネス。」
だそうです…。

2008年11月24日月曜日

一期一会

ラリー(ローレンス)・サマーズ元ハーバード大学長
(元米国財務長官、元世界銀行副頭取、、)が、
オバマ政権のホワイトハウスの国家経済会議議長に
正式に指名された。(⇒オバマ人事異例の早さ

自分は偶然、彼のスピーチ・ムービーをWebで閲覧し、
大きな感銘を受け、
ハーバードのGISセンターに行くことを決心した。
(⇒CGAその3:地理解析センター開設の理念

そして、こちらに来た後、
学内で偶然、ラリー・サマーズに遭遇した。
しかし、声をかけるタイミングが難しく、
「また、今度でいいや」と
その時は声をかけるのを諦めてしまった。
(⇒ラリー・サマーズ前学長との遭遇


そして本日、ホワイトハウスの国家経済会議議長への指名。
雲の上の人が、遥か宇宙の人になってしまった。
もうきっと、学内で彼に出会う機会など
無くなってしまうのだろう。


一期一会:一生に一度限りの機会
の意味は分かっているが、
愚かな自分はその意味を忘れがちだ。


小さい頃は、自分の未来は永遠に続いて、
明日も、今日と変わらず同じ日がやってくる、
と思い込んでいた。

しかし、年齢を重ねるにつれて、
今日と同じ日は二度とやってこないし、
自分の側にいる人が、
明日も同じように存在するとは限らない、
ということも強く実感している。

また、自分は以前、地震・崖崩れなどの自然災害や
ワールド・トレード・センターの崩壊や韓国テグでの地下鉄火災など、
人為的な災害を研究していた。
災害によって、何ら自分に非がなくても、
突然、命を落としてしまう可能性があることも
分かっているつもりだ。


そうであれば、常に、周りの人たちに
感謝の気持ちを伝えるのを怠るべきではない。
関係が近ければ近いほど忘れがちだが、
そんなの言い訳にもなりえない。

「今度でいいや」
そう思って、2度と会えないこともある。

自分は今まで、それことばかり人生だったので
(ごめんなさい、皆さん!)、
「あの時、彼/彼女に○○を伝えておけば、、、」、
そんな後悔はこれ以上したくない。

どんなに恥ずかしくても、失敗しても、
想いはその場で伝えないと、
永遠に伝わらないかもしれない。


いや、でも、まだその人が生きている限り、
今からでも想いを伝えることはできるはずだ。
(やや前文と矛盾していますが、、、)


ラリー・サマーズとも、これから先、
再会できるかもしれない。

いや、再会してやる!
5年先、もしくは、10年以上かかるかもしれない。
でも、30年超しで、奇跡的に、
憧れの著者に出会えることだってあるのだから。
(⇒ネガエバカナウ?


自分もいつか、ラリー・サマーズに伝えたい。

「あなたのスピーチに感銘を受け、
ここに来ることを決めました。
今、GISセンター(CGA)で研究できて光栄です。
そして何より、
あたなに会えてハッピーです!」と。



↓ “モテ名言”、、、、気になる。

2008年11月22日土曜日

ピア・レビュー

11月19日のCGAプレゼン(⇒CGAセミナーでの発表)の数日前、
自分のプレゼンテーションに対する
ピア・レビュー(peer review)を行った。

ピア・レビューとは、「同僚・仲間によるチェック」のことであり、
ソフトウェア開発や科研費(科学研究費)の審査などでも
取り入れられる手法である(⇒Wikipedia)。

プレゼンや論文作成の指南書などにも、
大勢の人に発表をする前や雑誌に論文を投稿する前に、
「ピア・レビューをしなさい!」
と書いている。
要は、自分の文章や発表資料を公にさらす前に、
第三者から客観的な意見をもらい、
内容・表現方法を洗練せよ!

ということである。


もちろん、それが大事なのは分かる。
しかし現実は、そんな時間的余裕はないし、
そこまでプレゼンに気合を入れる必要性もなかったので、
今までやろうと思わなかった。


しかし今回、
初めての英語での90分セミナー(60分のプレゼン)ということで、
事前に、同じ研究ツール(GIS)を使っているが、
専門分野が異なる知人に
60分のプレゼンテーションを聞いてもらった。

そして、プレゼンに関する感想を
自由に言ってもらった。


具体的には、
 ・ 意味不明な箇所
 ・ 発音が怪しい単語
を指摘してもらうとともに、
 ・ 「こうすると、もっと分かり易いでしょ?」
 という改善案
を提示してもらった。


指摘してもらった意見を聞いた感想は、
まさに「目から鱗が落ちる」思いであった。

自分が用意したプレゼン資料が、
いかに自分の思い込みの塊であるか!
を思い知らされた。


もちろん自分の中では、聞き手が、
研究の目的と手段、そして結果を、
順を追って段階的に理解できるように、
論理的なストーリーとそれを表すスライドを
用意したつもりであった。

しかし実際は、自分の考えが
聞き手に伝わっていないところが数点、存在した。


特に、自分と、専門の異なる第三者とでは、
一つの用語に対する認識が大きく異なることもある。
自分では、誰もが知っている“一般用語”と思っていても、
他の分野の人にとっては、「何それ?」ということも多々ある。


やはり人は、自分が持っている知識や経験に基づいて、
情報を処理して解釈する。
その場合、その人の持つ知識や考え方によって、
異なる方向で、情報が解釈されることも十分あり得る。


自分と専門分野が離れれば離れるほど、
その傾向が高まるのだろう。
そう考えると、広く一般の方々を対象に発表をする場合は、
理路整然とした構成のもと、分かりやすい言葉によって、
適切な方向へ聞き手を先導していくことが求められる。

専門用語は当然のことながら、
一般用語だけれど、
分野による特有の定義がある言葉(例えば、watershed, stream flow)は、
きちんと説明しないと、誤解されることがある。


「プレゼンをする上で、そんなこと当然でしょ?」
と言う人もいるかもしれない。

しかし実際に、ピア・レビューを経験することで、
「やはり相当な経験を積まない限り、
 客観的に自分の発表内容を点検することは
 極めて困難であり、第三者からの意見には到底敵わない」
ことを強く実感。
すなわち、ピア・レビューの意義はとてつもなく大きい、と。


ピア・レビューをする際、
ピアというのがキーだろう。
比較的近い立場で、気軽に意見を交わせるような関係が良い。
そして、専門分野も遠からず近過ぎずの関係が、
より効果的なのだろう。

今回、じっくりとプレゼンを聞いてもらい、
ある程度の時間をかけて、対等に議論することで、
「どこで、何が足りないのか。
どうすればより分かりやすいか?」が、
明確に浮かび上がってきた。


実際のところ、ピア・レビューをお願いする相手によって、
その意義というか、フィードバックの質と量に差が出てくるだろう。

(今回はピアといっても、自分より知的レベルが遥かに高い方だったので、
 効果が大きかったのかもしれない(笑))


同時に、自分の方でも、
「何を言われても、怒らないし恨まない。
気がついたことは何でも言ってください♪」という
オープンな雰囲気を醸し出すことが大事だろう。


ピア・レビューの意義を(今更ながら!)学べたことが、
今回の最大の収穫だったかもしれない。



↓ 研究のプレゼンでも、
肝はやっぱり“ストーリー”!

2008年11月19日水曜日

CGA セミナーでの発表

CGA(地理解析センター)は、
月一回、
ABCD-GIS Working Group
開催する。

これは学内外の研究者・実務者が、GISの理論や応用についての最新の研究成果を発表することで、
コミュニティ内外での情報収集や意見交換を促進することを趣旨とした、定例ミーティングである。


ついに、
というか、とうとう、
自分が発表する番が回ってきた。

こちらにきて初めての、
90分セミナーの開催となる。
(⇒タイトル・内容のフライヤーPDF)

4月に一度、講義を担当させてもらったが(⇒初講義)、
自分が中心となって、
研究の話を展開するセミナー形式は、
今回が初挑戦だ。

しかも90分、かなり長い。


時間の使い方は自由裁量なので、
適当に(!?)、
プレゼン60分、質疑応答30分と決めた。
これまでのセミナーへの参加経験から、
妥当な時間配分だと思われる。

(というか、30分以上の質疑応答には
 耐えられる気がしない(笑))


今回の60分プレゼンのため、
4月の講義のときと同様、
発表用原稿を用意した。

やはり正式な場での英語発表には、
まだまだ原稿の用意は欠かせない。

しかし、そうは言っても、
60分のフル原稿を用意するのは大変なので、
今回は8割程度の用意にとどめた。


そして、講義のときほどではないが、
今回もそれなりの回数を練習した。

一回60分となると、
練習を開始するにもかなりの気合いが必要であり、
重い腰が全然上がらなかったが、
それでも5,6回は通しの練習をした。


もうこちらにやってきて、9か月以上経つので、
そろそろこんなセミナーくらい、
軽くこなせるようになりたいが、
そうもいかないと言うのが現状だ。


そして11月19日、無事発表が終了。
用意したプレゼンは計60分で終わったし、
伝えたいこともちゃんと言えた。
英語の発音・リズムはボロボロだったが、
まあ、現時点での自分のベストは尽くしたつもりだ。


しかし、、、
質疑応答の30分は、ボロボロだった。。。。

質問者の問いに対して、適切に応えられなかったこともあったし、
その場では回答したつもりであったが、
後になって考えると、
(自分の方で)質問内容を誤って解釈して、
異なる趣旨の回答をしてしまったこともあった。


プレゼンの前、
「質疑応答の際には、
"Are you asking that ~?"と
必ず相手の質問を自分の口で確認してから、
回答をはじめる」
と自分に言い聞かせていたが、
全く実行できなかった。

(↑を実行することで、
 ①自分が相手の質問を正しく理解するとともに、
 ②聴衆全員にも質問内容を確認することができる。
 ③そしてその間、自分が回答を考える時間が稼げる、
 という利点があるらしい)


まずは、当たり前のやるべきことから、
ちゃんとやりましょう、
自分。


*学内外から足を運んで
本発表を聞きに来てくださった皆様、
どうもありがとうございました!!



≪写真 先週初めのキャンパス。
今はもう、ほとんど枯れ木です。≫



↓会場に用意されていないことが多いので、
マイ・ポインターは必携です!

2008年11月16日日曜日

秋・最終日?

10月16日、ボストンから出国する際、
3週間後、ボストンへ戻ってくるときは、紅葉は全て散ってしまっていると思っていた。

さらに、気温もぐっと低くなって、
毎日氷点下なのだろうと想像していた。

しかし、11月4日の帰国後は、
思ったよりも暖かく、
最高気温が10度を超える日も多かった。


そして、街中やキャンパスには
かろうじて紅葉が残っていた。

こちらに来る前、
「ボストンは秋が一番きれい」
と聞いていたので、
最盛期は逃したものの、
最後の方に間に合うことができて
本当に良かった。







写真は、自分の通学(勤)路であり、
英語をブツブツ口にしながら、
こんな道をテクテク歩いている。


2月にやってきて、
冬・春・夏・秋の4シーズンを過ごしたことになるが、
季節ごとに草木の色が大きく変わるので、
いつも同じ道を歩いていても
全然飽きない。






何となく、
日本(あくまでも自分が過ごしてきた地域)に比べて、
こちらの樹木の葉っぱの色は強いというか、
より鮮やか(派手!)な気がする。

秋もそうだが、
特に春、そう感じた。



今日は朝から、一日中強風だったので、街中の紅葉は散ってしまったに違いない。
(写真は先週前半に撮影)


今週は中盤から一気に寒くなり、
最高気温も2~3度になるという。
ボストンの厳しい冬も、もう目の前だ。




でも自分は、雪で覆われた街を歩きながら、大学へ向かうのも嫌いじゃない。

最後になるかもしれないボストンの冬景色、
存分に楽しまなければ。
(まだ気が早い?)

2008年11月8日土曜日

世界級キャリア?

先月の帰国中、
東京・表参道の青山ブックセンターのレジ前に、
世界級キャリアのつくり方
―20代、30代からの“国際派”プロフェッショナルのすすめ

(黒川清・石倉洋子著)
という本が平積みされていた。

こんなタイトルの本がレジ前の
目立つところに並べられているのが、
いかにも表参道らしい。

個人的に、黒川清氏のブログはRSSに登録しており、
この本も気になっていたので、
タイトルに多少の恥ずかしさを感じつつも、
レジへ持っていき思わず購入。


成田⇒サンフランシスコの飛行機の中(8時間)、
やたら目が覚めていたので、本書を通読。
小学校以来の(?)読書感想文を書いてみる。

-----------
医療・医学教育、経営戦略論・ビジネス教育の分野で
いわゆる世界級キャリアを持つ2人が、
男性・女性の視点を織り交ぜながら
これからの日本社会を背負う若者向けに向けた、
メッセージ的な書籍である。


本書で提言する「国際派」プロフェッショナルとは、
海外で働いたり、国際的な仕事に携わるということだけではなく、
これから、国内のさまざまな仕事にも適用可能、
さらには必要になってくる概念である。

今後のグローバリゼーション社会では、
例え日本社会で完結するような仕事であろうと、
世界観や歴史観、大局観を持って、
ある分野でのプロフェッショナルとして自己研磨し続けることの
重要性を説いている。

こう書くと、「自己成長し続ける」ことを捲し立てている
ビジネス書と同様なものを想像するかのしれないが、
一般のマニュアル、ノウハウ、自己啓発本とは異なる。

本書では、プロフェッショナルという生き方が如何なるものか、
そして、そうあるためには何をすべきかが、
自らの経験をもとに記されている。


自分としては、

『これほどの機会を逃したら一生後悔すると思って
ビジネススクールへ行く決心をした』

『(メンターとなるような人に)出会っていても
そのことに「ときめく」感性を持っていることが大切だ』

など、ある時点での感覚的・直感的な想いが
著者の人生の転機となっていることが、
実体験にもとづき、記されている点が参考になった。

自分の中から湧き出てくる「気持ち」を大切にすることの
重要性が再認識できる。


そのような、「自分の気持ちのへ感度が高く、
発想が柔軟で、失敗してもすぐに立ち直れる若い時期に
プロフェッショナルを目指すことが重要」
と考える二人のメッセージは優しく、
押し付けは含まれない。


著者が2人とも、東京近辺の中高一貫の私立校で
教育を受けたという点は、
田舎(宮崎・千葉)の公立校出身の自分から見たら、
「この人たちって、もともと育ちが違うでしょ?」
と思わなくはないが、
黒川氏は、初めて海外留学したのが32歳と比較的遅めな点、
石黒氏は、大学卒業後7年間フリーの通訳をしていたという点で、
共感が持てるというか、勇気づけられる。

ただ、二人とも“米国流”が少し強い気がするので、、
“欧州流”や“アジア流”の考えや視点も組み込まれていると、
“世界級”という言葉により厚みが出ると思った。
(もちろん、2人の経験でそこまでカバーできなくて当然だし、
 今は“米国流”=“世界級”だし?)


本書は、年齢・職業に関係なく、
多様な人に刺激を与えるものだと思うが、
若ければ若いほど、その効用は大きいかもしれない。

 (もちろん、年齢より意識次第。
 自分が20歳の時に読んでも、ピンとこなかっただろうし)

同時に、転職などキャリア・チェンジを考えている人も、
一読の価値あり。


2008年11月5日水曜日

大統領選挙

11月4日の夜22時、ボストン空港へ。

空港から家へ帰るタクシーの中、
大統領選挙投票結果の速報ラジオが流れる。
「(超保守の)ヴァージニア州で44年ぶりに、
民主党が勝利した!」
とアフリカ(セネガル)出身の運転手が、
興奮する。


家に帰って、荷物の整理が一段落して、
テレビを付けたら、オバマの勝利スピーチが始まった。


米国民ではない自分までも、
米国、そして(それに引っ張られるかたちで)世界の多くが
良い方向に動き出すのでは?、期待が膨らむような
しびれる演説であった。

米国民だけでなく、世界へメッセージを発するのが、
米国大統領なのだろう。


彼のスピーチ力は極めて高い。
彼の国民を思うひたむきな気持ち、
国を変えるためのものすごい情熱と使命感が、
ひしひしと伝わってくる。

どんなに優秀なブレインが周りについて、
完璧な演説原稿を作ってくれたとしても、
最後はそれを口にする人の気持ち・魂が
表に出てくる。


自分もボスPeterも
「最高のスピーチ」と絶賛。
細かい英語表現が分からなくても、
一見の価値あり。

Full Obama Victory Speech
http://jp.youtube.com/watch?v=Jll5baCAaQU


TVや身近な人の反応から、
(アフガン・イラク戦争で)国際的な信頼を失い、
経済的にもどん底のアメリカを救う救世主として、
米国民のオバマに対する期待をひしひしと感じる。



環境問題に対して米国は(かなりの!?)「けしからん国」であるが
州や自治体レベルでは、CO2削減や再生可能エネルギーの促進など、
先進的な取り組みをしているところも多い。

政権が変わり、
米国の地球温暖化政策が一気に進むことで、
日本も含めた他の国々への波及効果も大きくなりそうだ。



でも、何だかんだ言っても僅差の勝利だったので、
そんな簡単には上手くいかないか?


いや、「できる!」と
希望を持って前へ進むことを宣言して
スピーチを締めくくったオバマなら、
やってくれるのだろう。
(って、何か人任せですが(笑))

This is our chance to answer that call. This is our moment. This is our time - to put our people back to work and open doors of opportunity for our kids; to restore prosperity and promote the cause of peace; to reclaim the American Dream and reaffirm that fundamental truth - that out of many, we are one; that while we breathe, we hope, and where we are met with cynicism, and doubt, and those who tell us that we can't, we will respond with that timeless creed that sums up the spirit of a people:

Yes We Can.

全文はこちら

2008年11月1日土曜日

東京ふたたび

今年5月に続き、再び東京へ。

2月初旬の渡米の際、
まさか年内に2回も帰国することになるとは
想像していなかった。

今回の東京滞在(10月23日~)は、
身内の結婚式とGIS学会の参加が主目的であるが、
こちらのボスとの研究打ち合わせや
その他業務遂行のために、
今回は長めの滞在である。

これまでの8日間は、
表参道、駒場、横浜+αを
行ったりきたりで、ドタバタであったが、
たくさんの方々に会うことができた。


特に、表参道、駒場、横浜の先生方からは、今後の研究の進め方に関する、短期的・長期的両面での、多くの有益なアドバイスをいただいた。

各先生方とも、
それぞれの分野のパイオニアとして、超多忙を極める方々であるが、海外にてフラフラと好き勝手に(!?)進めている自分(川崎)の研究に対しても、多くの時間を費やして、惜しみなく情報やアイデアを提供してくださる。

パイオニアといわれる人は、
自分の持つ情報やアイデアを出し惜しみしない。

そして結果的に、その数倍の情報やアイデアが
そこへ戻ってくる。
これはどこの国でも、いつの時代でも
変わらない世の原理なのだろう。



さて、コンビニへ行くたびに、
袋いっぱいに買い物をしてしまう。

アメリカで甘いものに目覚めてしまったせいか、以前は全く目がいかなかったデザートやお菓子をついつい手に取り、カゴの中へ…。

どれも包装からして美しいし、安価で美味しい。

外国人が、「日本のコンビにって楽しい!」という気持ちが良く分かる。


自分は、米国で甘いものばかり食べていたので、太っていると思っていたが、こちらに戻り体重を量ったら、減っていることが判明。

この14日間、外食やコンビニ食が続いているので、きっと元に戻っているのだろうけど。


残り数日、何食べよう?



≪写真 表参道・国連大にて≫

2008年10月24日金曜日

北京大学

北京最終日、
もう一つの中国最高学府・北京大学へ行く。

リモートセンシング・GIS研究所(Institute of Remote Sensing and Geographical Information System)を訪問するのが目的だ。

ちなみに、この研究所は、大学内のリモートセンシング棟という建物に位置する。
右の写真のように、リモートセンシングのことを中国語では「遥感」と表記する、と
今回一緒に研究所を訪問する東京大学・竹内先生に教えてもらう。
漢字の雰囲気は分かるけど、やはり教えてもらわないと分からない。


RS&GIS研究所のLiu教授が対応してくる。

北京大学には、GISに関する3つの研究センターがあり、
ESRI ArcGISのサイトライセンスを導入している(ちなみに、清華大学も)。

- Institute of Remote Sensing and Geographical Information System
 約30年前に設立。地理学科を中心に、多様な分野の教員によって構成される。教授・准教授がそれぞれ15名程度、スタッフが10名程度。
 主に、3つの部門によって構成される。
 1) GIS理論(GI Science)
 2) ソフトウェア開発:Peer to Peer、テラバイトに対応する(?)次世代型GISソフトウェアの開発など。独自のGISソフトウェア・ソフト(City star?)も開発したという。
 3)  応用研究: 災害対応(がけ崩れ)、土地利用規制など

- Center of Geographical Information System
 約10年前に設立。コンピュータ・サイエンスの学科が中心となって、ソフトウェア開発を行う。

- ArcGIS Teaching and Applied Research Center
 2008年1月、ESRIと北京大学にて共同設立。ESRI製品を使ったGIS教育・研究を推進すると主に、ソフトウェアの研究開発も行う(→中国科学技術省

個人的には、これらのセンターが、ハーバードと同じように、
GISをツールとして、大学内の分野融合型の
学際研究を推進するような活動を行っているのか?
という点に一番の関心があった。

しかし、Liu教授は、
「特にそのような活動は行っていない」
と仰っていた。

・やはりそれぞれの研究者の興味の対象は異なるので、
そのような活動を推進しても効果は薄い。
・興味や関心があれば、個人個人の研究者単位での共同研究や
学際研究が行われるので、特にGISによる学際研究の推進といった
キャンペーンを展開するつもりはない、
とのことであった。


2006年、ESRIのサポートを受け設立された、
ハーバードのGISセンターはGISによる学際研究の促進と
それによる新しい学問分野の創出などをその使命と掲げている(と思う)。

2008年、同様にESRIが北京大学に多大なサポートを行ったとの噂を耳にしたので、
今回の訪問に至ったのであるが、北京大学では上述のArcGIS Teaching and Applied Research CenterにおけるArc GISソフトウェアの研究開発を中心に行っているのかもしれない。

今回は、実際に北京大学に行くまでほとんど情報が無かったので
(英語版Websiteが全く存在しない!)、
内部の実情が全く分からなかったが、
機会があれば、ArcGIS Teaching and Applied Research Centerの活動も調査してみたい。

それにしても、ハーバード、北京大学と、
次々とGISのセンターを立ち上げるESRIの世界戦略って、一体・・・?


明日は、東京でGIS学会に参加。

再見、北京!


≪写真・上2~4 北京大学キャンパス≫
 清華大学と比べて、中国風の建築物が多く、歴史を感じるキャンパスだ。

≪写真・下 竹内先生、Liu教授と≫

2008年10月23日木曜日

清華大学 その2

21日・22日は、清華大学にて、「第7回アジア地域の巨大都市における安全性向上のための新技術に関する国際シンポジウム(USMCA2008)」に参加。

自分は、代理発表を含む、二つのプレゼンテーションを行う。
しかも、同一セッションでの連続発表。

よく考えてみたら、一度に二つの話題について
発表を行うのは初めてだ。

まず、一本目。
目黒先生と一緒に指導をさせてもらった、
コロンビア人大学院生の修士論文の研究成果を
代理発表という形で発表。

2週間前には代理の件を伝えられていたので、
十分な準備時間はあった。
実際、それなりに時間をかけて用意をしてきた。

ところが、その発表は散々たるものであった…。

発表の直前に、先方が用意した発表用PCにて、
プレゼンで使用するムービーファイルの設定をしようと思ったのだが、
中国語OSに戸惑ってしまった。
それによって、プレゼン開始時間を大幅に遅らせるとともに、
結局設定が上手くいかないままプレゼンをスタートすることになった。

聴衆はそれ程いなかったが、
会場が広かったせいもあって(写真なし)、
ものすごく焦った状態でスタート。
そして、その心の動揺が取れないまま、
シドロモドロな状態でプレゼンを終える。 

あ~最悪…。
こっ恥ずかしいプレゼンをしてしまった。。。


当初の予定では、セッションが始まる前(休憩時間)に、ファイルを発表用PCにコピーして、ムービーファイルの設定も済ませておく予定だった。

しかし、その前のセッションの間、屋外で一人で発表練習をしていたら、
ものすごく大きなが自分の鞄に降り立った。
そして、何故かそこが気に入ったみたいで、
お尻(針?)を鞄に擦りつけ、そこから一向に離れようとしない。
結局、その蜂を追い払うのに10分くらいかかってしまい、
その結果、会場入りがセッション開始の直前になってしまった。

世の中、常にトラブルの連続だ。
発表の直前に、
が自分の鞄にまとわりつくなんて、
思いもつかない。
しかも、かなり巨大…。

しかし、これくらいのハプニングで、
動揺してしまってはいけないのだ。


そして、1本目のぐだぐだプレゼンの直後、自分がメインでやっている研究の発表。
もう終わってしまったことは仕方がないので、
気を取り直して、2本目の発表に挑む。

1本目の汚名を挽回すべく(!?)、
無理やりテンションを高める。

ほぼ当初の予定通りの時間に発表を終えた。
その後の質疑応答では、有難いことに、
とてもいいご指摘を沢山いただいた。


そして、無事二日間の日程を終え、
閉会式。

そこで、若手研究者の中からBest Paper Awardが選ばれるのだが、
その5人の中に自分が選ばれた!

小学校低学年のときに、地元の写生大会で描いた絵が
街のコンテストに入選して以来の表彰。
自分でもとても驚いた。
目黒先生やご支援いただいている多くの方々に、
太謝謝祢了。

大会実行委員会の方曰く、
「あくまでも2本目の発表に対するの賞だから。
1本目と2本目の平均での評価だったら、
駄目だったから
(笑)」

やはり1本目の発表は、相当点数が低かったみたいだ(笑)。
プレゼン・マスターへの道のりはまだまだ遠い。




≪写真・上2つ USMCAの会場(大学内)≫
≪写真・下2つ 懇親会会場(大学外)≫

2008年10月20日月曜日

清華大学 その1

中国・北京の清華大学へやってきた。
目的は、「第7回アジア地域の巨大都市における
安全性向上のための新技術に関する国際シンポジウム
」(な、長い!)
に参加するためだ。

清華大は、フリードマンの『フラット化する世界』でも紹介されていた通り、中国の理工系最高峰大学、というかもはや、アジアを代表する大学の一つである。

清華大学に来るのは、2005年10月、2006年12月(⇒レポート)に続いて、3度目である。
また、今年9月から、ハーバード大の自分が所属する研究室に、
清華大から一年間の交換留学生(シャン)がやってきており、
ここ数年、何かと縁がある。


今回の北京は、
到着初日(深夜)にホテルへ行ったら、
部屋の予約が取れていなかったり(海外では良くあることだけど…)、
翌日の朝食時は、レストランにてオジサンにぶつかられて、
洋服がスープまみれになったり(スーツじゃなくて良かった…)と、
何かとついていない。


シンポジウム前日の今日は、
シャンの指導教授との面会の予定。

清華大学のキャンパスは、
ものすごく広大であるが(2km×1.5km)、
すでに3回目なので、大学内の配置も
大よそ分かっているつもりだった。

なので、行き先周辺のみを拡大した地図を片手に、キャンパスすぐ傍のホテルから、教授のオフィスへ歩いて向かった。
教授との面会の前に、オフィス近くの食堂でランチを食べるつもりで、大幅な時間の余裕をもってホテルを出発した。

ところが、、、

これまでに行ったことがない西南門から、キャンパスへ侵入していったせいか、途中で、思いっきり道に迷ってしまった。。。

しかし自分は、方位に強い方なので(過信)、
人に道を尋ねることもなく、
テクテクと歩き回っていたら、
そのうち完全に包囲を失ってしまい、
どんどんドツボにハマっていった…。

その後、完全にお手上げ状態になったので、自分のちっぽけかつ誤まったプライドを捨て(?)、
周囲の人に道を尋ね始めた。


ところが、英語で話しかけると逃げられたり、立ち止まってくれても英語の地図を見せると、首を横に振り、立ち去られ続ける。

「地図だったら、言葉は関係ないのでは?」と思いつつも、次回からは現地語の地図も一緒に用意することを考える。


しかし、アポイントの時間も迫ってきてるので、
とにかく場所を教えてくれる人を探すしかない。

その後、純朴そうな学生に声をかける。

彼はその場に立ち止まって、
一緒に地図を見てくれた。
あまり英語が喋れない感じだったが、
一生懸命地図を見て、
現在地と行き先を教えてくれた。

自分は、とんでもないところへ迷い込んでいたみたいで、
目的地までの距離は結構ある。
もはや、ランチを諦めても遅刻は必至!
ということが分かった。

「謝謝!」と彼に握手をして、
教えてもらった経路に従い、再び歩き出す。
時間がないので、やや早歩きでひたすら目的へ歩を進める。

そして、彼と別れて7,8分後、
後方から自転車に乗った彼が猛スピードでこちらへ向かってきた。
自分の前で、急ブレーキをするなり、
「後ろに乗りなよ!」と自転車の荷台を指去す。

「本当にいいの?」と思いつつも、時間もなかったので
彼の申し出に甘えて、「謝謝!」と彼の自転車の後ろにまたがる。

彼が少し不思議そうな顔をしながら、
自転車をこぎ出すと、フラフラ、フラフラして
まともに前に進めない。

そこで彼から、
「横向きに乗ってくれ!」と注文がはいる。

「おお~、女の子乗りかぁ!」と思い、
人生初の横乗りに挑戦。

しかし、逆に今度は、自分が横乗りのバランスが取れなく、彼の自転車をフラフラ、フラフラさせてしまう。


横乗り(女の子乗り)って、意外に難しく、
彼の腰に手を回さない状態で(!?)、
どこに重心を置き、どうやってバランスを保つのか、
それ以前に、放り出された両足をどうするのか?
よく分からなかった。

「何事も実際にやってみないと分からない」
と感心しながら、
と彼の自転車で目的地まで乗せて行ってもらった。


お陰で、アポイントの時間ちょうどに目的地へ到着!
またもや「謝謝、謝謝!」と自分の謝意を伝え、
固い握手を交わして彼と分かれる。



自分は運が良いことに、
(特に海外で)色々な人に助けてもらっている。

去年も、ラオス・パクセからの出国の飛行機に遅れそうであったが、
(それを逃したら次の飛行機は3日後!)見知らぬラオス青年が
バス停から空港までバイクに乗せて行ってくれた。

(しかも空港の手前でバイクが壊れてしまったのだが、「俺のことはいいから空港へ向かってくれ!」と、乗継バイクを拾ってくれ、彼をそこに残したまま空港へ向かい、お陰でギリギリ飛行機に間に合った!)


彼らと、これから2度と会うこともないだろうし、
直接、恩返しもできない…。


その分、自分も困った人を見つけたら、
力になってあげよう。

特に、言葉の通じない国での現地人の手助けは、
本当にありがたいので。
(インドでは騙されまくったので、
国と地域を考慮して、見極めましょう(笑))


≪写真・上から4枚 清華大学キャンパス内≫
≪写真・下 自転車に乗せてくれた青年≫



↓ 当然ですが、中国語版も出版されています。

2008年10月17日金曜日

動物のいないサーカス?

先日の夕方、突然Peter(自分のボス・教授)から、

「何かよく分かんないけど、“動物のいないサーカス”の
チケットが余っているんだよね。
あと2時間後にスタートだけど来る?」

と携帯に電話をもらった。


どうやらスーザン(妻)が友達の分も含めて、チケットを手配したが、急遽、キャンセルする人が出たらしい。


「俺は忙しいからあまり行きたくないんだけどなぁ。。。」

とPeterはあまり乗り気ではない様子。



「何のことやら?」と自分もよく分からなかったが、
その後“動物のいないサーカス”とは、
シルクドソレイユと判明!

9月8日から、シルクドソレイユ“KOOZA”のボストン公演が
開催されていたみたいだ。

「それだったら行くしかないでしょ!?」ということで、
急遽Peter達と合流することに決定。



会場は、地下鉄Red Line JFK/UMass駅から徒歩10分のBayside Expo Center。

その一角に、
シルクドソレイユの小さなテントが設置されていた。

開園の一時間前に会場に到着し、
テント内の特設フードコート(!?)にて夕食を取る。
Budweiser一本(350ml)で7.6ドル、コーラ(大)で6ドルという
シルクド・プライスに少したじろう。


20時、公演スタート。

半径6,7mのステージを1,000人弱の観客が取り囲む。
自分らは運良く(スーザンのお陰で!)、前から5列目で見ることができたが、
小さな会場なので後方からでも十分、堪能できそうな雰囲気だ。

自分は、シルクドソレイユは神秘的かつシリアスなパフォーマンス集団だと勝手にイメージしていたが、
KOOZAはアクロバットや大道芸、ドリフばりのコテコテ・コメディー、
客いじりなど、何でもありの楽しいパフォーマンスだった。

そして、それらのコミカルなステージや
人間離れした完成度の高いパフォーマンスが、
特殊装置・照明システムで作られた幻想的な空間で、
迫力の音楽のもと、
一貫したストーリで展開されていった。

ステージと観客席がとても近かったことと、
観客席全体を巻き込んだドタバタ劇も織り交ぜられていたので、、
一体感を持ちながらパフォーマンス見ることができ、
2時間40分の公演(含む、30分休憩)は、あっという間だった。


神秘的な衣装をまとって、ステージ上で楽しそうに動き回るパフォーマーを見ながら、
一瞬一瞬、自分エキサイトするようなアクションにエネルギーを注ぎ、
全身を動かすことの素晴らしさを再認識。

なんというか、
自分の体が動くうちに、全身フル活用して、
やれることをやっておこうという思いに駆られた。

少し感動のポイントがおかしいかもしれないが、
明日から筋トレ頑張ろう!
って思った。


公演後の帰り道、「像が出てこなかったなぁ。。。」とPeterが嘆いていた。

1年間、インドで研究生活を送ったPeterとしては、像の曲芸の方が良かったのかもしれない。
次の日の朝、Peterに会ったら、
(昨日の非常にハラハラした)パフォーマンスの一つが夢に出てきて、
魘されて目が覚めたという(笑)。


以前、ラスベガスに行った際、
いろいろなホテルでシルクドソレイユの公演があることは知っていたが、
当時はブラック・ジャックにはまっていたので、
ショーを見に行く余裕(資金!?)など無かった(笑)。

「いつか見てみたい!」と思っていたが、
まさかこんな形で実現するとは!

まさに、棚からシルクドソレイユ。

いつも様々な機会を与えてくれる
Peterとスーザンに、またまた感謝である。


≪写真・上≫ 会場
≪写真・中≫ 開演前のステージ
≪写真・下≫ お茶目なPeterと




↓ 飲み物は高いので、持ち込みが賢いです(笑)。

2008年10月15日水曜日

楽しい季節

約2週間ほど前から、街中にチラホラと紅葉が見え始めた。


ボストンは秋が最もいい季節であり、紅葉がとてもきれいらしい。


自分もボストンの紅葉を楽しみにしていたのだが、明日から3週間の出張でボストンを離れてしまう・・・・。


皮肉なことに、自分の出張中、大学周辺はイベントが盛りだくさんだ。

10月は、オクトーバフェストなので、Harvard NeighborsのBeer Tasting PartyやOffice for Postdoctoral Affairsの“Postdoctoberfest! Happy Hour”(⇒9/23 ポスドク支援)など、みんなと楽しくビールを飲めるイベントが目白押し。



10月22日にはアル・ゴアをキャンパスに招いて、学長主催の「University-wide celebration on sustainability」を盛大にやるみたいだ(⇒Website)。


そして、月末はハロウィーン。
自分の住むアパートでも、ハロウィーン・パーティが開催される。


自分は確実に、楽しくきれいなボストンの秋を逃すことになる。。。

あぁ~、残念!




↓ こんな人に会いたかった!


2008年10月9日木曜日

ラリー・サマーズ前学長との遭遇

 前回、(⇒CGA その3: 地理解析センター開設の理念)、
CGA設立の理念を語る
ラリー・サマーズ前学長のスピーチを紹介した。

彼のスピーチ・ムービーを見なかったら、
自分は現在、ここにいなかったかもしれない。
それ位、自分にとってはインパクトのある内容であった
(ええ、自分は思い込みが激しい人間です)。


 ちなみに、このスピーチを行ったラリー・サマーズ氏は、
16歳でマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学し、
28歳でハーバード大・教授(史上最年少)となり、
その後、世界銀行の上級副総裁、44歳で米国財務省・財務長官、
47歳でハーバード大学学長、そして、
50歳でハーバード大学で初の教授会による学長不信任案により辞任という、
波瀾万丈のものすごい経歴をもつお方だ。


 自分は、初めてこのムービを見た後、英語の練習がてら、
このムービーを何十回も繰り返してみているので、
まるで恋人のように彼の顔も声もよく分かる(ややキモい?)。

 「この人に会ってみたい」って強く想っていたら、
本当に会えるもので(⇒ネガエバカナウ?:07/31)
以前、学内で偶然に彼と出くわした!
彼は現在、行政大学院の教授をしている。
先日、行政大学院内の階段で彼とすれ違い、偶然目が合った。
その瞬間、「あっ、ラリー・サマーズ!」と思って振り返ったら、
彼はおもむろにポケットから携帯電話(PDA?)を取り出し、
階段上でメールを始めた。


 なので、メールが終わったら彼のところへ行き、
“あなたのスピーチを見て、ここにきました!”と伝えようと思い、
近くの柱に身を隠し(?)様子を見ていたが、
彼は顔をしかめたまま、ひたすら携帯メールを打ち続けていた(笑)。

数分待っても終わる様子がなかったので、
「また、今度にするか。」とその時は諦めて引き揚げたが、
今思えばあと5分くらい待っておくべきだった。


その後、彼と再会する機会はない。

やはり出会いは真剣勝負。一瞬一瞬を大切にせねば。
「また今度」、そんなの2度とやってこない!



↓外国へのお土産として喜ばれそう。

2008年10月8日水曜日

CGA その3: 地理解析センター開設の理念

 ハーバード大地理解析センター(CGA; Center for Geographic Analysis)設立理念を理解する上で、本センター開設式(May 5, 2006)のラリー・サマーズ学長(当時)によるスピーチが重要だと自分は考えている。

 現時点では大学内部からしかアクセスできないが、以前は誰でも自由にこのスピーチ・ムービーにアクセスできた。
 2005年夏、横国大でネットサーフィンをしていた時、ふとハーバード大学CGAのWebサイトを見つけ、この学長スピーチ・ムービーに辿りついた。このムービーを見た瞬間、「こっ、ここに行きたぃ!」と強く思うほど、自分にとっては印象的なスピーチだった。
 具体的には、「アカデミックにおけるGISのこれからの方向性」、そして、「ハーバードが、なぜこのタイミングでGISセンターを設立したのか?ハーバードはGISに何を期待しているのか?」を、学長が自身の言葉で明確に、力強く語っている。彼の専門である経済学をもとに、GISの重要性を説いているところが興味深い。

 以下は、15分のスピーチ・ムービーをもとに、エ(ト)ロイ・ファウラー氏協力のもと、独自に文字化したものだ。英語ですが、一読の価値アリです。


May 5, 2006 『History and Revival of Geography at Harvard』
Welcome Remarks Video of presentation by President Lawrence H. Summers より。

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 This is an important day for Harvard, and it’s even possible that it’s important day beyond Harvard. Someone has said that when Harvard takes a step, it blazes a past. Sometimes that the case, sometimes it’s not, but might be the step here.

 By embracing new geography, I think Harvard is taking important step today. Before I do anything else, I want to thank Jack Dangermond for his vision, energy and support. I want to thank Peter Bol who has been the faculty leader of this project, and who is done remarkable job, for all his energy and for his vision.
 
 Harvard’s history with geography has not been a tale of an avoid happiness. One of my predecessors examined Harvard’s efforts in geography with a withering gaze some years ago, and the conclusion of his examination, they were no more. One can debate whether that’s a wise or an unwise action. What it said about social science of geography as it stood at that point, what it said about other less attractive personal aspects that may of entered the decision making.

 But that’s the past, and geography is a very different field today, and it’s increasingly at the center of a very wide range of intellectual concerns. We start a certain number of interdisciplinary programs designed to bring people together across different fields at Harvard, but what I’m struck by looking out this crowd, is we have Humanists like Professor Kune and Professor Angle here, we have social scientists like Professor Samson and Professor King here, we have scientists like Professor Goodman here, my understanding is the Professor Shrag would be here a little later. So it’s a reflection at the first level on the importance of what we are doing here, on the importance of geography, on the importance of the kind of work that national geographers do that there is such a wide and broad interdisciplinary representation here.

 I know a little about this in the context of my own field, where if you thought about Economics and all the things Economics sought to explain and discuss. What you would be struck by until very very recently to some extent it’s still, true today… there are lots of economic observations you can try to explain: Why are there these things called interest rates? Why is there this thing called the stock market? why are some people rich, why are some people poor, why are there shortages, or sometimes surplus other time, why are there booms sometimes, and why are there busts other times. If you take any introductive economics course, you will learn a set of theories that explain all of the phenomena I just described.

 Here is another phenomenon. If you look at the land area of the Great Plains, it’s all more less to same and yet about 95 % of economic activity takes place in about 5 % of the space. And you can sit through all of the introductive economics, you can graduate as an undergraduate, and then graduate as a PhD, for almost any university economic program, and not be exposed even to the fact that that’s an interesting observation, let alone to what are the most convincing explanations for it. And yet if you think about it, it’s something that’s absolutely central to the organization of economic life, it’s something that must obviously bare on everything from economics of housing, to the economics of transportation, to the economics of international trade between different places. There is now a new economic geography that’s seeking to shed light on these issues that has made considerable progress. But if you had to think about all of the really important phenomena economically, surely the one that has the highest ratio of importance to amount studied in academy is Economic geography.

 There’s another related observation of role of place in social science. I reminded of seeing Professor Samson here. We have the notion in economics indeed in much of social science of individualistic rationality that we all are born with our preferences and those preferences shape our demands and shape our behaviors, and then they all interact to make some kind of equilibrium, and that’s the economy. And yet we are all creatures of our social environments, and the social environments that affect us most are the social environments that are closest to us. So questions of our neighborhood, our place how it evolves, how it makes us evolve, how our evolution affect other places are something central importance that’s too is part of new geography.

 I’ve used you these examples in a little bit of details because they are actually near things that I know a little bit about. But there are others, in some ways even larger questions that this new geography will open up for us.
What have been the deep forces, the really deep forces that have shaped the way in which human history has unfolded. Why is it that in one continent, there are ten times as many people per acre as in another continent, and those people are ten times as rich? Why are some areas of the world much more prone to war than other areas of world? Why do people live longer if they are luckily enough to be born in some areas of the world, then in others? We are starting to develop answers to these questions, that go beyond one story, after another, one data point one story that approach to deep history. That kind of thing whether he got right or he got wrong, which is a very matter of debate, that’s represented by Jared Diamond “Guns, Germs and Steel" that has the prospect of fundamentally enhancing our understanding.

 That’s yet the another aspect why I think an effort like the one that embarked on here is very very important, that goes to the nature of scientific inquiry. Freeman Dyson once suggested there are two views of the history of science. One is the view to which I was exposed to my high school training and which I suspect most intuitive to all of us. There these paradigms that come from hypothesis that have been confirmed for a while, that go along, eventually people start to detect anomalies within the paradigm, enough anomalies build up, people don’t know quite what to do, some genius comes alone and proposes a new theory, that explains the anomalies and opens up new questions and we declare progress. What might be called Cunean view of progress science.

 That’s different view, which Daison labeled the Galisonian view of history of science, after a colleague of Peter Galison. It’s a view that emphasizes centrally tools. Yes that’s lot of stuff about hypothesis and so forth, basically, when people looked telescope and saw there were moons orbiting Jupiter, then they understood the answer, not everything was revolving around the earth. When somebody invented microscope and looked into a microscope and they saw cells, and they knew something very important that they did not know before. One can extend the metaphor out to the particle accelerator, computerized genomic sequencing, or the Hubble telescope.

 The point is that the development of new tools just to open up huge areas of inquiry that lead to new hypothesis that lead to progress, and that the fundamental engine is the less the anomaly and theoretical insight, then the tools that change the nature of the questions that are being asked. It seems to me that’s very much represented here as well, with the tremendous new power of Geographic Information Systems that make it possible for us to construct models of everything for Gary King’s Voting district, Peter Bol’s China in the 3rd century, in ways that we didn’t have before.

 So whether it’s history, whether it’s social science, whether it’s tools space science, this is an opportunity to explore a vast and not virgin intellectual territory, but an intellectual territory that can now be approached with new perspectives, new tools and newly important ways. That’s why this is a very important initiative for our university. And the Provost and I’ve been thrilled to lend our support to it, and I expect very very important things would come out of it in the future.
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※ 上述の文章はCGA公式発表のものではなく、ムービー画像をもとに著者が自主的に文字化したものです。スピーチをそのまま文字にしたので、文章として表記すると不自然な表現も含まれていますし、筆者の聞き間違いなどが含まれている可能性もあります。



≪写真 2008年9月までのハーバードCGA。写真・上の建物の3階で、定量社会科学研究所(the Institute for Quantitative Social Science)の一角を“間借り”している感じであった。≫


↓ハーバード大GIS研究の歴史がまとめられています。